安全規定
なんとか飛んでいるものの、わたしの機体は半壊状態だった。
頑丈さに定評のあるサブラでなければ、墜とされていただろう。
基地のあるタンブールまで飛べるか、はなはだ怪しい。
ゆっくりと旋回し、帰投コースに乗せる。
サブラはよろめきながら進んでおり、まるで死にかけのアヒルだった。
発動機の振動もひどく、いつ止まってもおかしくない。
翼を上下に振りながら、わたしの斜め前方に味方機が滑り込んで来た。
飛翔槍兵のサブラだ。速度を落とし、こちらの機体と並ぶ。
どうやら、我が中隊の隊長機――
『ロゼ・ボルドッ!! このド阿呆、なにをやりがった、貴様っ!!』
バモンド大尉の怒鳴り声。わたしは思わず耳を押さえた。
レシーバーは被っているヘルメットの内側にあるのだから、無意味なのだが。
「任務を遂行しただけです、バモンド大尉」
『やかましいっ! 俺の目をふしあなだと思っているのか?
俺が投擲と命じたら、即座に投擲しろっ!! 規定以上の呪力を使うな、わかったか!?』
「はい、大尉。ですが――」
『言い訳をするな、お前は何様だっ!? いくつ安全規定を破れば気が済むんだ、馬鹿者めっ!!』
規定が対空射撃から守ってくれるなら、喜んで従いますとも。
と、言いたかったが、口を慎む。
違反はばれていたらしい。
飛翔軍は自主独立の気風があるが、軍隊には違いないのだ。
ここで上官に皮肉を返すのは得策ではないだろう。
『了解です、バモンド大尉。以後、規定を遵守します』
「当然だ、はねっ返りめ。無茶をしやがって、こんな奴だとは思わなかったぞ!!
基地に戻ったら当面、出撃禁止だ。しばらく格納庫の床でも磨いてろ」
「ちょ――」
『黙れっ!! 了解以外の返答は認めんぞっ!!』
また怒鳴られてしまった。難聴になりそうだ。
「……了解です、中隊長殿」
『お前は自分の命を投げ捨てるように使い、仲間にも危険を及ぼした。
操縦者の養成には莫大な経費と長い訓練期間が必要だ。いまの我々にはそのどちらもないんだぞ。
あんなやり方は結局、敵を利するだけだ。断じて許すわけにはいかん。わかったか!』
強く念押した後、大尉は深くため息をついた。
相当に呆れたのか、しばらく沈黙が続く。
なんだか、いたたまれないような気がしてきた。
やりすぎてしまったのは、間違いない。
爆発に味方を巻き込む危険も確かにあった。
功を焦ってやらかしてしまったのだろうか?
『だが……よくやった。見事な一撃だった』
「――えっ?」
『帰還したら報告書を寄越せ。どうやってやったのか、ぜひ詳しく説明してくれ。頼むぞ』
「え、あの、はい」
『しかし、あまり無茶はするな。なにかするなら、せめて俺に一言相談しろ。お前は一人で飛んでいるわけじゃないんだ』
「あ、はい……」
意表を突かれ、わたしはぽかんとしてしまった。
それが声にも現れていたらしい。大尉は苦笑したようだ。
『すまん、これまでは少し気を遣いすぎていたようだな。
お前のことはちゃんと認めている。お前は中隊に必要な人間だ。それを忘れるな』
「本当でしょうか? 出撃禁止の処分を頂いたばかりですが……」
『そりゃ、仕方がないさ。最低10日は地上勤務で大人しくしてろ』
「と、10日ですか……!?」
がく然としてしまった。さすがに長すぎる。
今日まで悪天候で飛べなかったのに、さらに10日もとは。
『馬鹿者、その程度で済んでありがたいと思え。指揮官としての判断だからな、処分は取り消さんぞ』
きっぱり断じた後、大尉は声の調子を変えた。
『まあ、それはそれとしてだ……すかっとしたぜ、戦友! 最高のショーだった!!』
後方から中隊の仲間達もやって来た。
彼らはわたしの機を囲み、護衛してくれている。
悪ガキみたいな奴らだと思っていたが、紳士的な振る舞いもできるようだ。
『よう、ロゼ! 説教は終わったか? クソいかれてるぜ、お前は! 最高だぜ!!』
『やりやがったな、おい! やばい女だな、連中をまとめてファックしやがった!』
『いいや、肥だめに叩きこんだんだ! 我らがボルド少尉は、地獄巡りツアーのガイドって訳さ!』
訂正。やはりこの中隊に紳士はいない。
彼らがわたしに対して抱いていた配慮は、爆発と一緒に成層圏の彼方まで吹き飛んだらしい。
興奮した様子でまくし立てる連中に、バモンド大尉も加わった。
『本当に大したことをやってのけたな、ボルド!
俺達も驚いたが、敵はすっかり肝を潰したらしい。泡を食って逃げ出したそうだぞ!』