君を許せない
チプスの機体には乱れはない。見事に安定した飛翔姿勢を保っている。
彼自身もあくまで平静――いや、むしろ感慨深そうに語っていた。
「チプス、しっかりして! フレイヤに何を吹き込まれたのか、わからないけど、それは」
『君は意外とわかってないな。あんな機械は関係ないよ。すべてを見通しているのは彼女だけだ。僕はつながり、すべてを知った。僕は君を許せない。許すわけにはいかない』
彼女……? 誰のことだ?
チプスが何の話をしているのか、わからなかった。
「チプス、ロサイルの――ご両親の話なら、わたしも」
『違う、違う、違うっ!!』
突如激高し、チプスはわめき散らした。
『取り返しのつかないことを、君はしたっ!! 僕の苦しみ、僕の後悔は君のせいだっ! だが、それはもうどうしようもないことだ。僕が……僕が許せないのは、これからのことだ。あああ、そうなんだよ。ちくしょう、駄目だ、許せない! これから君が犯そうとしている罪が許せない、ロゼ・ボルドっ!!』
完全に錯乱している。口を挟むことができない。
もうチプスはわたしの返事さえ聞く気がないのだ。
『許せない……許さない、絶対にっ! 許すものかーっ!!』
回線が切れた。
チプスの機体は長々と排気炎を噴出し、急旋回していく。
『おい、ミードっ!? どこに行くんだ、戻れっ!!』
恐怖に押し潰されるようなチプスの絶叫が耳に木霊してる気がした。
一方でアルは苦悶のうなりを上げている。
「ムンスター、ミード中尉を頼む! わたしはファレス少尉を!」
了解を返し、ムンスターのメルカバはチプス機を追った。
お互い飛翔機に乗っている以上、呼びかける程度しかできない。
それでも放置はできなかった。
アルはまだ呪いに抵抗しているようだ。
まず、彼を助けなくては。
わたしはぎりぎりまでアルの機体に自機を接近させた。
細かい調整を続けないと、翼端がぶつかりそうだ。
「ファレス少尉、聞こえる? レシーバーから通話コードを抜いて、長距離回線を切るのよ。できる?」
ここまで近寄ると操縦者の挙動が少しはわかる。
アルは首を振っているようだ。
手が動かせないのだろうか?
『ぴ……ぴぃ、えぅ……あああ、あうっ!!』
ほとんどうめき声だったが、意味はわかった。
恐らくアルは、もうPLSを起動してしまったのだ!
もしそうであれば、フレイヤから原初領域経由で直接呪力を注がれているはずだ。
彼の固有技能――自己管制能力があるから、まだ抵抗できている。
しかしそれも、長くは保たないだろう。
PLSを壊すしかない。
機関砲――いや、ダメだ。
精密射撃はできないし、威力があり過ぎる。
緊急装備の小銃で撃つ!
わたしは座席の下に手を突っ込み、無理やり背嚢を引きずり出した。
分割式の小銃を手早く組み、装填する。
新式の半自動式短小銃だ。
銃の負い紐を袈裟懸けにし、余った分を右腕に巻きつける。
これで構えれば、銃を肩に固定できるはずだ。
「ファレス、機体を水平に保ち、できるだけまっすぐ飛べっ!!」
無茶だとはわかっているが、叫ばずにはいられなかった。
もちろん、アルからの返事はない。
とにかくやるしかない。
わたしは天蓋を開いた。猛烈な風が吹き込む。
機体を一気に横転させて背面飛翔へ移行。
天地が逆転し、肩と腰に座席ベルトが食い込む。わたしは宙づり状態になった。
アルとわたしの機体は背中合わせで飛んでいる。
どんどん頭に血が上り、眼球が膨れるような気がした。これは、まさしく曲芸なのだ。
逸る気持ちを抑え、しっかりと小銃を構える。
術弾に呪力は込めない。個体調整していない無機物に呪力はほぼ無意味だからだ。
狙いはアルの機体――天蓋の向こうにあるPLS!
発砲。
天蓋の表面にヒビが入るが、貫通しない。
当然だ、マガツの尖甲弾に耐える強度があるのだから。
発砲の反動で小銃のボルトが後退し、次の弾が自動的に装填された。
矢継ぎ早に発砲。
天蓋のヒビが大きくなり、穴が開く。
よし、抜いたっ!!
次の一撃でわたしはようやくPLSを撃ち抜いた。
これでアルは解放されたはずだ。
ごめんね、フレイヤ。
いくらパートナーが欲しくても無理矢理はダメなんだよ。
口説き文句を勉強して、出直してきてね。
発動機が息をつき、我に返った。小銃を投げ捨て、天蓋を閉める。
もう一度横転して姿勢を正し、アルのメルカバに並ぶ。
「――ファレス少尉!! 返事をしろ、大丈夫かっ!?」
『は……はい、だ、大丈夫です! 助かりました、ボルド大尉っ!』
「本当に? 呪いの影響は残っていない?」
『まだショックはありますが、ほぼ無効化しました。自分には自己管制能力がありますから』
普通、呪いによる精神汚染を完全に除去するのは難しい。
心に生じた変化のうち、呪力による「植え付け」だけを判別し、消去しなくてはならないからだ。
しかし、アルの固有技能は自分の心身を極めて客観的に分析できる。
見極めを間違えることはないのだろう。
『しかし、一体何が? フレイヤが……我々を害するなんて』
アルはがく然としているようだ。無理もない。
何もわからないのはわたしも同じである。考察は後回しだ。
「やめなさい、ファレス少尉。ここであれこれ想像しても無意味よ。ついてきて」
早くムンスターと合流し、チプスを止めなくてはならない。
見通しの利く高度から捜索するしかなさそうだ。大きく旋回しつつ、上昇しよう。
そう思いつつ、わたしは後方を確認した。
追従してくるアルの機体――その上空から別のメルカバが急降下してきた。




