呪言
呪術とは、外部からの働きかけによる変化の強要。
強制死や身体強化など比べれば術としての程度は低いが、まぎれもなく呪いによる作用だった。
『入れテ。入れテテテ、ぴぃ、える、す。ぴぃ、えるぅうう――イイれテ』
ふいにフレイヤが現れた。
わたしの心臓をぐっとつかみ、強く弱くもみしだいて――
「や……っ!! やめて、フレイヤっ!! くそっ、これどうなって……っ!!」
『はやク、イイイイれテ。ワたしのモノになって』
全身を内側から蹂躙されている感じ。
快感の柱が腰から背骨を貫くように屹立し、わたしは吐き気を覚えた。
嫌だ。なにこれ、ふざけないで。わたしは、君のものじゃないっ!!
わたしはフレイヤの呪力を自分の呪力で打ち消した。だが、呪力はどんどん送り込まれてくる。二つの意思が拮抗し、わたしの身体は硬直していた。
こんなせめぎ合いは経験がない。急激に呪力を消耗し、わたしは奥歯を噛み締めた。
PLSを起動したら最後、完全にわたしの身体はフレイヤの意のままになってしまうだろう。
一方、こちらからは手の出しようがない。
『ぜんぶ。ぜんぶチョウダイ、ゼンブ、ゼンブ、ゼーンブ』
このままではじり貧だ。やがて押し切られ、わたしは負ける。フレイヤの意思に塗り潰されてしまう。
――だめ。それはだめ。
わかっているよ。わたしだって、嫌なんだ。
嫌だから、必死に抵抗しているんだよ。わかってよ!
――だめ。わたし以外からの愛は受け取り拒否でよろ。
わかっているってば!
だけど、どうすればいいのか、わからないから困っているのに!
――だいじょうぶ。ロゼは強い。ロゼは負けない。わたし、信じて――
わたしはこれ以上のことはできない。
なら――相手は? フレイヤはなにをしているだろう。どうやってわたしを呪っている?
そうだ。彼女は呪力そのものは、強くない。
もともと視覚に情報表示するのが精一杯の出力しかないはずだ。
恐らく機械ならではの正確で巧みな術操作によって、わたしの抵抗をうまくかわし、呪力を最大限に発揮させているのだ。
『ハヤク、ぴぃえるえす。イイれて、ハヤク。もうすぐグ、もうすぐググググ』
だけど、どうやって呪力を送り込んでる?
PLSは起動していない。呪槍を打ち込まれたわけじゃない。わたしに直接、それも繰り返し干渉しないと――
レシーバー……音声、呪言だっ!!
ぎりぎりだった。
レシーバーから通話コードを引き抜くと同時に、わたしは操作盤に左手をついていた。指と指の間からPLSのスイッチが突き出ている。
まさに間一髪だ。なんとかスイッチに触らずに済んだ。
熱に浮かされたように呼吸が乱れていた。
緊張のあまり息を止めていたらしい。
震える手でフレイヤとの回線接続を切る。
座席の後ろにあるPLS本体をまさぐり、触れたコードを手当たり次第に引き千切った。整備班には叱られるだろうが、これで一息つける。
いまのは何だったの? 一体、何が起きている!?
考えを巡らすより先に、すべきことがあった。
わたしは短距離回線で各機に呼びかけた。
「こちら中隊指揮官、ボルド大尉! 全員、長距離回線は接続するなっ!! PLSの起動も禁止する!!」
誰からも返事がない。
わたしの機体の後方にムンスター、斜め上方にチプスとアルが飛んでいた。
ここからでは操縦者の様子までは視認できない。
まさか、もう「フレイヤのもの」になってしまったのか。
「ムンスター、ミード、ファレス!! 聞こえたら応答しなさいっ!!」
『――こちらムンスターです。大尉、ご無事ですか?』
「わたしは大丈夫よ。君はフレイヤからの呼び出しに応じてないのね?」
ムンスターの機体が増速し、わたしの機に並んだ。
『ええ、まだ封鎖中のはずですから、どうしたものかと……。ご判断をうかがいたくて大尉を何度か呼び出したのですが、つながらなくて困っておりました』
よかった。彼は無事らしい。
わたしがかいつまんで状況を説明すると、ムンスターは戸惑ったようだ。
『フレイヤが、我々に呪いを? あり得ませんよ、何故そんなことを?』
「わからないわ、わたしにも! ただ、とにかく彼女は普通の状態じゃなかったし、呪いを仕掛けてきたのも間違いないわ。何かの故障ならいいんだけど、もしこれが――」
『た……た、たいぃい……っ』
苦悶するような、くぐもった声がレシーバーに届く。
アルの機体がふらふらと揺れている。
『ファレス少尉!? おい、大丈夫か?』
しまった。
この中でアルが一番術操作に長けていない。フレイヤの呪言を聞いてしまったとしたら――
『――ボルド』
割って入ってくる、恐ろしく静かな声。
「チプス!? 君までまさか……」
『まさか? まさかって何だい? まさか――そうだね、まさかだ。まさか……まさか、君がそんなことを。まったく信じられないよ、ボルド』




