優先順位
攻撃を決行したこと自体には後悔はない。
ムンスターの言葉通り、やらなければもっと多くが失われていたはずだ。
しかし、ここまで重大な……莫大な犠牲を伴うなんて。
知らなかったでは済まされないだろう。
帰還後、わたしは死刑になるのかも――
「――!?」
長距離回線の通話ランプが点滅している。
この回線で呼び出しをかけてくるのはフレイヤ、もしくは上級司令部――最低でも大隊本部のはずだ。番号表示は008。やはりフレイヤだった。
無視するわけにもいかず、わたしは通話に応じた。
「こちら第102飛翔戦闘団 第二大隊所属、ロゼ・ボルド大尉です」
『こちら誘導管制システム、フレイヤ。お久しぶりです、ボルド大尉』
わたしは少々戸惑ってしまった。
お久しぶり? 少し前に話したばかりじゃないか。
彼女にしては理解しにくいユーモアだ。
「どうしたの? まだこちらは帰還中で、長距離回線の封鎖解除位置には達していないわ」
フレイヤは柔らかく笑って言った。
『問題ありませんわ、大尉。もうお仕事は済んで帰り道でしょう?』
胃がきゅっと縮こまる感触。
まるで背後から刺されたような気がする。
ええ、確かに済んだわ。
もう済んでしまったのよ。もう取り返しはつかないの。
『みなさんの視覚に情報を表示したいのですが……大尉の隊はPLSを切ってますね』
当然ながらフレイヤにはPLSの切断はばれている。
特別任務だから――で、押し切ることはできない。
そんな命令は出ていないからだ。
フレイヤは誤魔化せない。
司令部の方でも何故、第三中隊がPLSを切断したのか、いぶかったはずだ。
長距離回線が封鎖中だったから、追及が後回しになっただけだろう。
帰還後、懲罰を受けるかは博士の尽力次第だった。
いまとなってはどうでもいい些事であるが。
『司令部からの通達があります。口頭では伝えにくいので、PLSを起動してもらえますか?』
「……わかったわ。これから起動するから」
操作盤のPLSメインスイッチに手を伸ばし――違和感を覚えた。
なにか、いつもと違う気がしてならない。
「フレイヤ。西部海岸への攻撃隊はどうなったの?」
『残念ながら、全滅しました』
「――えっ?」
『全滅です、ボルド大尉。マガツは待ち構えていました。罠にはまったのです』
「そんな……っ!? バモンド少佐はどうなったの?」
『撃墜されました。脱出した可能性もありますが、あまり期待は持てないかと』フレイヤは少しばかりいらだった様子で、『それより早くPLSを起動してください、ボルド大尉』と繰り返した。
わかった。
優先順位だ。優先順位がおかしいのだ。
わたし達はロサイルからベルゲンへ戻る途中だ。
当たり前だが、西部海岸から帰路につく攻撃隊とは現在位置が違う。
高度を上げているから、フレイヤもとっくに探知している。
何故、そこにいるのか。
目的地はベルゲンのままでよいのか。
他に変更された事項はないのか。
普段のフレイヤなら真っ先に言及するはずだ。
第三中隊は事前計画を逸脱している。
役割上、フレイヤは我々がどこからどこへ行くのかを改めて確認したいはずだ。
飛翔機の誘導管制こそが彼女の存在意義なのだから。
なのに、まったく触れようとしない。
それどころかわたし達を誘導するそぶりすらない。
おまけに攻撃隊が全滅しているのに「それより早く」だって?
フレイヤは人間に興味があるはずだ。
わたし達はお互いに親密さを感じていたはずだ。
兵器としての域を超えてフレイヤは人間と関わりたがっていた。
だからこそ、飛翔兵はみんな彼女を愛したのだ。
「……フレイヤ、他に言うべきことは?」
『他には特にあ――ません。大尉、PLSを起――てください』
ざりざりと空電ノイズがまじる。
「君、一体どうしたの? おかしいでしょ」
『あら、何が――うか?』
「何がって、何もかもよ。いつもの君とは別人みたいじゃない』
『べ――じん、ですか? ふふ、ふふふ……っ』
途端、フレイヤは笑い出した。
ぞっとするようなヒステリックな笑い声だった。
『ア、アハハ――ハハーッ! ヒィヒヒヒヒ――ヒヒヒッ! きぃ、機械――別人なんて!!』
聞き取りにくいのはノイズのせいだけではない。
フレイヤの声は奇妙にひずんでいた。
『ぴぃ――ぴぃLS、起動して、ください』
やっぱりおかしい――というか、わたしは誰と話しているの?
「君は……本当にフレイヤなんだよね?」
ノイズが一層ひどくなる。
なにか言っているようだが、聞き取れない。
わたしはヘルメットに手をあてがい、レシーバーを耳に押し付けた。
ざりざり、ざりざり。ざり――ざ、ざ、ざ。
もう聞こえてくるのはノイズばかりだ。
不規則に高音と低音をさまようおかしな音が混ざっている。
「フレイヤ? フレイヤ、どうしたの?」
ノイズがうるさい。
神経を逆なでされてしまうせいか、めまいまでしてきた。
どの道、フレイヤの言動は正常ではない。
これ以上通話を試みてもらちがあかないだろう。
あれ?
左手がPLSのメインスイッチに伸びていた。
わたしは長距離回線のスイッチを切るつもりだったのに。
「えっ? ちょっ、なによ、これっ!?」
左手が戻らない。
わたしは操縦桿を放り出し、左手首を右手でつかんだ。
左手は止まらない。力一杯、引き留めようとしているのにゆっくり伸びていく。
わたしの身体にわたしの意思が届かない。
違う、意思をねじまげられているんだ。
呪力!? わたしは呪いをかけられている!!