重苦しい沈黙
結局、ムンスター達は無事だった。
みんな数十体の小型マガツに追われ、ロサイルの郊外まで出てしまったらしい。
各機連携も取れず、逃げに徹するしかなかった。
ところが、突如マガツは追跡を断念した。
マガツ達は一箇所に寄り集まると旋回をはじめた。
やがて一斉に動き始め、そのままロサイルを通り越し、海に向けて飛び去ったのだ。
『自分は呪圏の発生には気付きませんでした。ミードやファレスもです。とにかく奴らが行ってしまったので、大尉を探すことにしたんです』
やがてふらふらとロサイル上空を飛んでいたわたしを、ムンスター達が発見。
無事に合流を果たすことができた。
「そう」わたしは短い応答を返した。
わたし達は高度9000mを巡航している。メルカバの場合、この高さが一番効率よく飛べるのだ。
しかしロサイルからベルゲンは遠い。
隠し事をしたまま飛び続けるには、あまりにも遠かった。
自分のしたことに向き合うのが恐ろしい。
本当にやってしまったのだと認めたくない。
どうしてあんなことになったの?
考えても結論なんて出るはずもない。
思考は空転したままだった。
『……大尉? ボルド大尉?』
アルの声が聞こえ、はっとした。
何度か呼びかけられていたらしい。
ひどく喉が渇いていた。
短い応答を返すのにも苦労する有様だった。
心配そうにアルがたずねてくる。
『大丈夫ですか? どこか負傷でも?』
「いえ――大丈夫よ、ありがとう。何か?」
いくぶん安心したのか、アルは続けた。
『はい。ロサイルのことです』
心臓に氷柱を刺されたような感覚。
当然だ。当然の問いかけなのだ。
『強襲巣への攻撃は成功し、マガツは全滅した。なのに何故……』
言いかけた台詞を荒々しくさえぎったのはチプスだった。
『何故もなにもないだろう。俺達は間に合わなかったんだ、畜生! 他になにがあるっ!!』
チプスは半ば嗚咽している。
違うのよ、チプス。
庭園にいた人々はマガツに殺されたんじゃない。
わたしがやったの。
わたしの呪いで死んだの。
たぶん、君の両親も。
『落ち着いてください、ミード中尉。それはおかしいですよ』
『どういう意味だ、ファレス少尉?』ムンスターも関心を引かれたようだ。
冷静な口調でアルは応じた。
『虐殺された死体はどれもまともでした』
『なんだって……?』
意味がわからない様子のチプス。
わたしにはわかる。どの死体も綺麗すぎるのだ。
『マガツに殺されたのなら、無傷のはずがありません。死体は原型をとどめないほど壊れているのが普通です』
そうね、わたしにも覚えがある。
トノト村にある農家の居間で実例を見たから。
『でも上空から確認した限り、誰も怪我をした様子はなかった。血痕一つ見当たらず、みんな眠るように死んでいました。――まわりにいた、マガツ達と同じように』
たいした観察力だ。君は操縦者より警務官向きかもね。
恐らくアルは事の真相に気付いている。
詳しく話すよう、わたしをうながしているのだ。
親切で真面目なアル。
わたしは重い口を開いた。
「そこまででいいわ、ファレス少尉。第三中隊、傾注。強襲巣への攻撃で何が起きたのか、わたしが知る限りの情報を共有します」
説明する自分の声が、まるで他人事のように響く。
強襲巣に呪槍を放った後、呪圏が発生。対象が多かったせいか、呪圏は街の全域を覆うほどに大きくなり、マガツを殲滅した。
だが、何故か呪いの対象に人間まで含まれてしまったのだ。
「理由は、わからないわ。感染モードはちゃんとした検証をされていない。術紋が不完全だったのか……わたしの呪力や術操作に問題があったのかも知れない」
死ね、死ね、死ね。
わたしはそれだけを願った。
どうしてもそうなって欲しかった。
だから全身全霊で、一心不乱に呪いをかけたのだ。
わたしの呪い。
わたしの想いが彼らを殺した。
「いずれにしても、呪いはロサイルにいた者を無差別に殺してしまった。人もマガツも見境なく、全員を」
ひどく重苦しい沈黙。
マガツに占領されたままの方が、ロサイルの住民は長生きできただろう。わたしはわずか数十秒で30万人を虐殺してしまったのだ。
『ま、待ってくださいっ! じゃあ、大尉が……もしかしたら、ボルド、君が……っ?』
激情に震えるチプス。
わたしは両親を殺したマガツを未だに許していない。
君もわたしを許さないだろうか。
そうなっても仕方がない。
君をとがめる言葉を私は持てない。
『やめろ、ミード中尉』苦渋に満ちたムンスターの声。
『なにがですかっ!? ボルドの呪いが、僕の両親を殺したのかも知れないのにっ!!』
『やめろと言っているんだ、馬鹿野郎っ!』ムンスターは怒鳴り、『ボルド大尉……いや、誰もこうなるとは知らなかった。責めてどうなる』
正論だった。
だからこそ、悲嘆にくれるチプスにムンスターの言葉は届かない。
わたしはそれを知っている。痛いほどに。
『たとえ結果を知っていてもやるしかなかったんだ。
大陸には1億9000万の軍民がいる。ロサイルの30万人を犠牲にしてでも、やるしかないことだ。
これは戦争だ。殺し合いなんだ。責めるなら、マガツを責めろ!!』
理屈の上ではそうだ。誰がどう聞いてもムンスターが正しい。
でも、それで割り切れるものではない。
30万人――いや、3人でもいい。
切り捨てられる3人の中に、もしマユハがいたらどうだろう。
仕方ないと諦めて、切り捨てられるだろうか?
誰かがそれをするのを、黙って見過ごせるか?
やむを得ない犠牲と判断した奴を、許せるか?
無理だ。無理だよ。全部、無理じゃないか。
自分にとってかけがえのない人間はたった1人でも見捨てられない。
なのに、わたしを許せとチプスに請うことなどできるはずもない。
これは飛翔軍の任務ではないのだ。ベルファスト博士とわたしの個人的な暴走なのだから。