急降下攻撃
二体のマガツがマルス機の後部にしがみついていた。
かなり小さい。人間より少々大きい程度の――
「地上種!?」
さきほど飛んできたものはこいつだったのか。恐らく建物によじのぼり、こちらの接近に合わせて跳躍したのだろう。上から降ってきた為、大半はマルス機が防いでくれていたのだ。
地上種は大きな鉤爪を突き立て、機体上をじりじりと這い進んでいる。
『マルス、機体を振れっ! 振り落とせっ!』
ムンスターに言われ、マルス機は激しく左右に横転を繰り返した。何度か目の横転。ついに力尽き、一体の地上種が落下した。
だがその時、もう一体の鉤爪がマルス機の天蓋を突き破っていた。
マルス機は高度を落とし、尖塔に激突。
機体は爆発して役割を終えた。わたしの盾としての役割を。
ああ、ちくしょう。
仲間が死んだ。また仲間を殺された。
憎い。悔しい。
マガツが、自分が、憎くて悔しくてたまらないっ!!
――落ち着いて。落ち着いて。
がんがん、と衝撃音がして我に返る。被弾したのだ。
激情にとらわれたせいで、回避機動をする手が止まっていたらしい。
『大尉、しっかりしてください!! もう少しですからっ!』
チプスに鼓舞されてしまった。一番苦しい役割をしているのは彼なのに。
「ごめん、チプス! 君は大丈夫!?」
『問題ありませんっ! マガツの奴らをきりきり舞いさせてますよっ!!』
笑いさえ含んだ声でチプスは応じた。どうやら固有技能をぎりぎりまで駆使しているらしい。身体や機体の強化だけでなく、翼の形状変化まで行っているようだ。
通常の機体では不可能な素早く激しい機動により、マガツの攻撃を回避しているのだ。
だがチプスの息は上がっていた。普段、数秒しか使わない呪力を連続使用しているからだ。こんな綱渡りは長くは保たない。わたしはそれを経験的に知っていた。
頭を切り替えろ! 彼もわたしの盾だ。わたしは前へ、先へ進まなきゃっ!!
雲霞の如きマガツの群れに機関砲で通路を開ける。細く鋭い錐のように敵集団を貫き、中隊は突き進んだ。撃ちもらした敵に衝突したら、一巻の終わりだ。
速く、速く、速く。もっと速く、駆け抜けろ――
「っ! 抜けたっ!!」
いきなり視界が開けた。敵集団を突破したのだ。襲撃巣はもう間近になっていた。
さあ、お待ちかね。ここからがショーの本番よ!!
すでに呪力はたっぷりと呪槍に充填されている。
やっとこれを使う時がきた。この恨みをぶつけてやる時がきた。
「全機、散開しろっ! わたしが急降下攻撃をかけるっ!」
援護機が一斉に離脱する。各々マガツの群れを引き連れ、残存三機はばらばらの方角へ向かう。基本的に全機、街の外へ向かっているはずだ。
みんな、生き残って!
感傷を振り切って、わたしはスロットルを全開にした。操縦桿を強く引き、ブーストスイッチを叩く。推力が急激に増しメルカバは天高く駆け上がった。
わたしの機体を追っていたマガツ達はこの上昇にはついてこれなかった。ぐんぐん高度が上がる。
呪槍が甲皮に弾かれた場合、襲撃巣から200m以上離れた位置まで飛ばされる危険性がある。だから確実に襲撃巣の甲皮を貫通させなければならない。諸々の要素を加味し、博士は突撃高度を6000mに設定していた。メルカバにとっては楽に到達できる高さだ。
「突撃高度、到達っ!! 降下して呪槍を使うっ!!」
機体をくるりと回転させ、機首を地上へ向ける。
遥か下方に襲撃巣が見えた。
急降下開始。
メルカバは凄まじい加速力を発揮した。
わたしを追っていたマガツ達とすれ違う。なにも仕掛けてこない。こちらが速すぎて手出しする暇もなかったのだろう。
降下制限翼を展開。
死のサイレンを鳴らしつつ、メルカバは急降下した。単機の為、空域を満たすほどの呪音は望めない。それでもこちらへ接近しようとしたマガツ達の動きがにぶったようだ。
襲撃巣が視界一杯に広がる。
小型であっても巣は巣だ。数街区にまたがる程のサイズだ。重爆撃タイプなど比較にならない。表面には吻がなく、対空射撃もこない。これならPLSがなくても狙いを外すことはあり得ない。因果の連鎖だって必要なしだ。
わたしはぞくりとした。
あの中には、みっしりと卵が詰め込まれているのだ。
総数はどれ程になるだろうか。
まったく想像もできない。まあ、幾つであっても関係ない。
いや、違う。それは違うな。全然違う。
たくさんだ。たくさんがいい。できるだけ、たくさんあって欲しい。あればあるほどいいのだ。おぞましい卵が無数に。吐き気を催すほどにたくさん。
全部潰すから。全部殺すから。
わたしの呪槍で殺す。
わたしの呪いで、恨みで殺す。
全部潰して殺して根絶する。
一つも残さない。一つも許さない。わずか一つも。たった一つだけも許してやらない。
お前達は、わたしの敵だ。わたしはお前達を殺しにきたんだ。
復讐の甘美な味がわたしを酩酊させていた。穂先はまっすぐに襲撃巣を指している。巣は魔力障壁を展開しているようだが、この槍なら貫通できる。
命中は確実。焦る必要はない。
高度2000m。あと少し。
衝突コース上に小型マガツ。出しゃばりめ。
機関砲弾を叩き込む。障害は消えた。
高度1000m。ここだ。
「――投擲っ!!」
切り離しレバーを引く。
安全装置が解除され、呪槍が機体から離れた。尾部から瘴気を噴出し、急加速していく。
瞬間、異様な実感がこみ上げた。
決して取り返しのつかないこと。
二度と引き返せない橋を渡ってしまった――その実感が。