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勝利する為に

 アルの疑問はもっともだ。

 確かに失敗が許されない作戦にも関わらず、投入される戦力が過小だった。これにはちゃんとわけがある。



 この特別任務に司令部は関与していない。つまり、強襲巣への攻撃命令など出ていないのだ。



 呪槍にしても感染モードは理論上は動作するが、術の起動試験すらしてない。王国上層部からの直接指示がなければ、実戦投入など許されない代物だ。

 

 しかしこれまでの動きを見る限り、彼らにそんな英断は期待できまい。

 

 実際、ロサイルの状況については箝口令がしかれている。どうやって強襲巣に対応したらよいのか、上層部は決めかねているらしい。だから一般の兵士は誰も強襲巣のことを知らない。司令部でも一部の者しか把握していないはずだ。

 

 大陸西部でもっとも重要な街が一夜にして陥落した――

 

 この事実に軍民が動揺することを恐れているのだろう。

 真にことの重要性を理解しているのは、恐らくベルファスト博士だけだ。

 

 そして博士は、わたしに強襲巣の攻撃を命じたのだ。

 

 もはや時間はマガツの味方だった。

 先延ばししている間に孵化されたら、手がつけられなくなる。

 

 巣は一刻も早く殲滅しなくてはならない。手続きを踏んでいる時間はない。

 

 また手遅れになれば、今度こそ取り返しがつかない。もう我々に後退する土地は残されていないのだ。逆に首尾よく強襲巣を殲滅できれば、それは人類を勝利に導く一手目となる――と、博士は断言した。

 

 わたしは納得するしかなかった。

 すべての事情を承知の上で、バモンド少佐は中隊をわたしに預けた。ならば与えられた戦力は最大限に活用し、なんとしても目的を果たすべきだ。



 だけど――詳しい事情を話さずにみんなを巻き込んでいいのか?



 全滅したっておかしくない任務だ。

 彼らにもすべて打ち明けた方がいいのでは――


「――西部海岸の橋頭堡も放置はできない。だが感染モードを正しく使えば強襲巣には呪槍一本で対処できる。そういう判断よ」


 嘘は言っていない。ただ、その判断をしたのはベルファスト博士なのだ。

 アルは食い下がった。


『司令部に要請できないでしょうか? 橋頭堡への攻撃隊か、他の部隊をもう少し割いてもらえれば……』

 

『無理を言うな、ファレス少尉。長距離回線は封鎖中だ。懲罰を食らいたいのか?』ムンスター中尉がアルをたしなめた。


『はい、承知しております。しかし、これはあまりに――』


 納得いかないのか、アルは引き下がらない。

 彼は真面目な性格だ。真相を知れば任務には参加しないだろう。

 

 それはそれでいいのだが、ことはそれでは収まらない。アルは間違いなく司令部に一報を入れるはずだ。

 

 当然、強襲巣の攻撃を中止するよう命令が下る。

 それでもわたしとチプスはやめられない。やめる選択肢は選べないのだ。

 

 やはり打ち明けるのは無理か。

 

 わたしはともかく、リニアの為にもチプスを反逆者にはさせられない。

 バモンド少佐にも類が及んでしまう。

 

 バモンド少佐と第三中隊は騙され、ベルファスト博士とロゼ・ボルド大尉の暴走に巻き込まれた。

 

 これを事実とするのだ。

 この形を崩してはいけない。

 

 なにより――自分のすることから、目をそらすのは卑怯だ。

 

 わたしは真実を伏せ、仲間を地獄に連れて行く。

 わたしは自分の目的を果たす為、彼らを消耗品として扱う。

 わたしはそれをする。わたし自身の意思で。

 

 わたし達が生き残れる世界をつかむ為に。

 人類が勝利する為に。


『どうせ力押しできる数を集めるのは無理だよ。だったらマガツ共の意表を突いて少数で突入する方がましだ。こっそり近寄り、連中の尻を蹴飛ばして、とんずらするのさ。いいか、ファレス少尉。こいつは腕と度胸の見せ所だぞ、わはははは!』


 愉快そうにムンスターは笑い飛ばす。それ以上アルが反論する間はなかった。

 雨にかすむ地平線の向こうから尖塔が伸びてくる。

 ロサイルの市街が見えてきたのだ。


『どの道、今からでは間に合わんよ。覚悟を決めろ、坊や!』




   □




 睦みあった後、二人並んでベッドに横たわる。こういう時は親密な沈黙に身をゆだね、ぼんやり天井でも眺めていたい――のだが、パートナーがせっかちな場合はそうもいかないようだ。


「結局、ムンスター中尉に押し切られてしまいましたね。あの時自分は――」


 アルはまだ昔話を続けたいらしい。今夜はもういいではないか。こっちが大人しく耳を傾けているのがいけないのかも。

 わたしはさっと手を伸ばし、彼の太ももを思い切りつねった。


「痛っ!?」


 文字通りにアルは飛び起きた。

 わたしは彼の肩をつかんでのしかかり、強引にベッドへ押し戻した。解いた髪が垂れ下がり、アルの頬に触れていた。痛みより驚きが勝ったらしく、アルは目を丸くしている。

 

「さすがにマナー違反じゃないの、アル・ハヤ・ファレス? ことが終わったら、残業開始ってわけ?」


「あ……いや、その」


 わたしは彼から降りると背を向けて座り込んだ。

 慌てて身を起こすアル。その様子を気配で探りつつ、わたしは笑いをかみ殺した。すっかり困っているようだ。

 

「すみません、ロゼ。つい……」


「もしかしてあなた、仕事でわたしと寝たんじゃないでしょうね?」


「そんな、違いますっ!! 自分は……」


 叫んでしまってから、アルは口ごもった。

 どうしたんだろう? 肩越しにちらりと確認してみる。彼はシーツに視線を落とし、悄然としていた。


「いや、それもあるかも知れませんね。物心ついた頃から自分の人生は仕事と一体なんです。ずっとそうでしたから、私生活みたいなものは、よくわからなくて……。あなたへの気持ちがどこから来ているのか、本当のところは自分でもつかめません」


 わたしは苦笑するしかなかった。

 結局、この人も孤独なのだ。

 

 セックスしないと弱音を吐けない。男の人は大抵そうだ。

 

 意地悪な気持ちは氷解し、わたしは膝立ちになって彼をかき抱いた。あまりやり過ぎると弱い者いじめになってしまう。


「ごめんね。そもそもわたしの為に頑張ってくれているのに」


「自分が望んだことです。バモンド少将の命令以前に、自分はあなたの潔白を証明したい」


 わたしは微笑み、彼の頭を撫でてやった。


「だから頑張ってくれているんだよね? ありがとう、アル」

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― 新着の感想 ―
[一言] えーと、アル? 急展開?
[一言] >セックスしないと弱音を吐けない。男の人は大抵そうだ。 がはっ!(吐血)
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