感染モード
我が中隊はロサイルを目指し低空を飛んでいた。
速度を落としているのは、到着時刻を調整する為だった。
現在、攻撃隊は西部海岸に向かっている。だが西部海岸よりもロサイルの方がベルゲンから近い。普通に飛べば我々の方が早く目的地に着いてしまう。
こちらがマガツ強襲巣を攻撃すれば、西部海岸も臨戦態勢に入る。結果、攻撃隊は奇襲効果を失ってしまう。西部海岸のマガツ橋頭堡とロサイルの強襲巣への攻撃は、同時に行うのがベストだった。
バモンド少佐には事情を打ち明けてある。
タイミング調整は済んでいるから、お互い足を引っ張ることはないはずだ。
到着までの時間を利用して、わたしは中隊メンバーへの説明を終えた。
伏せていることもあるが、可能な限り詳細に話したつもりだ。
しばらく誰も口を開かなかった。
いきなり色々な情報を与えられすぎて、咀嚼に苦労しているのだろう。無理もない。普通は出撃前に開示すべき情報なのだ。
「やるべきことは、一つよ。ロサイルのマガツ強襲巣を破壊すること。孵化がはじまる前にね」
気を取り直したのか、ムンスターが口を開く。
『しかし――具体的にはどうやって? 巣の甲皮が分厚いなら、魔力障壁も強力でしょう。呪槍で貫けるとは限らない』
「そこは専門家の見立てを信じるしかないわね。的が大きい上に固定目標だから、中てるのは難しくないし」
アルもやり取りに加わった。
『貫通しても穂先がマガツに刺さらない可能性があります。そうなったら呪い返しを受けるのでは?』
もっともな疑問だ。
巣の内側には卵があるはずだが、上空から見えない以上、直撃するかは運任せだ。だが、問題はなかった。
「大丈夫よ。新型呪槍は動作モードを切り替えることができるの」
動作モードの切り替えは、44年式 航空重術槍から導入された機能だ。
通常動作は炸裂モード。命中後、相手の魔力を吸引し、爆発する。
もう一つは呪いを伝播させる、新しい動作……感染モードだ。
感染モードの呪槍は落着地点を中心に半径200mの感染呪圏を形成する。この時、必ずしも呪いの対象に命中している必要はない。呪圏内にさえ捉えていればいいのだ。
「感染しても爆発は起こさない。自己免疫系が暴走して、死ぬだけよ」
呪いに感染した対象を基点に呪圏が再形成される為、効果範囲は拡大していく。理論上、呪殺できる数に制限はないと言える。
ただ、発動から数秒間で術は終わってしまう。
再形成される呪圏も小さいから、充分に距離を取れば感染しない。実際には無限に殺せるわけではないのだ。だが、密集している相手には恐るべき効果を発揮する。
さらに明確なメリットもあった。
爆風が起きない為、離脱時の危険が少ないこと。大きく目標を外さない限り、呪い返しを喰らわないことである。
特に後者は飛翔槍兵にとって見逃せない利点だ。ムンスターは感銘のうなりをもらした。
『ほう、それはすごい! 付帯的な損害を防止しつつ、マガツを一掃できるわけだ。自分にも扱えますか?』
「無理よ、呪力量が足りないわ。槍が呪圏を形成するには、大量の呪力が必要なの。中隊……いえ、攻撃隊の中で感染モードを起動できるのは、たぶんわたしだけよ」
『それは残念ですなぁ。感染モードの呪槍を一本、マガツの巣に叩き込めば……』
言いかけたところで、チプスが割って入った。
『――全滅。奴らは全滅だ。爆発しないならロサイルの住民は巻き込まれない……!』
熱に浮かされたような声。
ロサイルにはチプスの両親がいる。出身地だから友人だっているはずだ。絶望していたところに突如現れた希望にすがりついているのだろう。
『まだ可能性はあるんだ……まだ生きているかも知れない。助けられるかも知れないんだ! そうですよね、ボルド大尉!?』
「ええ、そうね。可能性はあるわ」
巣の落下時に巻き込まれていなければ。
孵化の栄養にされていなければ。
街の外に逃げ出そうとしていなければ。
とにかく、死んでいなければ。
それでも確かに可能性はあると言えた。チプスは生きて両親に再会できるかも知れないのだ。まだ彼の希望は潰えていない。
しかし任務遂行は困難であり、楽観できる状況では決してなかった。
なにしろ我々はたったの五機だ。
強襲巣を守るマガツの総数は数百に達するだろう。
「紳士諸君、説明はここまでよ。極めて危険な仕事であることはわかったわね? 参加したくない者は発動機不調の申告を。離脱を許可します」
『もちろん、自分は参加します! いつも大尉にばかりロサイルを救って頂くわけには行きませんからね!』
打てば響くようにチプスが答える。
わたしは可能な限りの情報をみんなに提示した。話していないことはあるのだが。
次に反応したのはアルだった。
『――ボルド大尉、任務の重要性は了解しました。ですが、何故我々だけなのです?』




