成功報酬
応答を聞いている暇はなかった。
追い撃ちの敵弾が機体を貫き、操縦席背部へ立て続けに命中した。
がんがんと背中を叩かれ、思わず身が縮こまる。
だが頑丈なミスリル装甲に阻まれ、敵はわたしを仕留め損ねた。
厚い雲の中へ突入する。もう撃たれることはないはずだ。
わたしは操縦桿を引いた。びくともしない。
これはまずい。降下が速すぎる。
降下制限翼は――効かない。撃たれた時に壊れてしまったのか。
このまま操縦桿を無理に引くと、空中分解を起こしそうだ。
もうすぐ地面に激突する。
冷や汗がにじみ、パニックになりそうな心を押さえ込む。
わたしは呪力を機体と自分の身体に浸透させた。
呪詛は強い願いに応じて、対象を変化させる技術だ。ほんの一瞬であれば、無理もきく。
呪力で足りない筋力をアシストし、操縦桿を引く。今度はゆっくりと動いた。
みしみしと機体が軋み、振動する。機首は下を向いたまま、持ち上がらない。
雲を抜けた。
ぎょっとする位、地表が近い。まずい……まずい!
危ういところで機首が上がった。
操縦席に体が沈み込み、息が詰まる。機体は上昇に転じた。
攻撃は成功したのだ。急いで離脱しなければ。
この後、なにが起きるかはわかっている。
スロットルを一杯にして加速。
ガタのきた機体が振動するが、構ってはいられない。
背後からの強烈な閃光と爆発音が確信を裏打ちしてくれた。
猛烈な爆風が吹き寄せた。機体が木の葉のように翻弄される。
どうにか乗り切り、わたしは上体をねじって背後を見た。
雲海は数㎞に渡って、丸く吹き払われていた。
呪槍は命中すると、敵の体内から魔力を吸引する。
吸引された魔力により、槍を中心とした半径数m程度の呪界が発生。
やがて槍は臨界に達し、融解して爆発を発生させるのだ。
だが、それでは直撃した個体しか墜とせない。
わたしの放った呪槍は桁違いの大爆発を起こしていた。
数え切れない敵影が黒煙を吹きながら墜ちていく。
遠くからわざわざご苦労様。だけど、あんた達はお呼びじゃない。
この空を通るなら、とびきり高い通行税が必要なのよ。知らなかった?
一体のバジャーが墜落の途中で誘爆を起こし、粉々になる。
悲鳴が聞こえた気がして、わたしはほとんど幸せな気持ちになった。
姿勢を前に戻し、操縦席に身を預けて深くため息をつく。
少なくともあの連中はもう、わたし達の街を襲えない。もう、二度と飛べない。
わたしが墜としてやったからだ。
ばらばらに砕き、燃やしてやった。
ざまあみろ、だ。
わたしの願いは達成された。
「フレイヤ、巻き込まれた味方はいないわよね?」
『現在確認を――いえ、大丈夫です。いまの爆発による友軍機の損害はありません。あの、ボルド少尉?』
「ん?」
『なにをなさったのですか? 40年式 重術槍でこんな規模の爆発は起こせないはずです』
聞かれても答えようがない。
たっぷり呪力をこめた呪槍を思い切り叩き込めば、願いがかなう。
わたしにわかっていたのは、それだけだった。
「さあ、わからないわ。君の方がわかるんじゃないかな。なにが起きたと思う?」
「ええっ? うーん……では、観測できた範囲で推測してみますね」
わたしの無茶振りにフレイヤは律儀に応じる。
「……恐らく、重術槍が重爆撃タイプの中核にある生体炉まで到達したのではないでしょうか」
フレイヤは推測を続けた。
大量の呪力を帯びた槍は炉を貫き、内部に渦巻く大量の魔力を獲得。
結果、恐ろしく巨大な呪界が形成され、バジャーをまるごと飲み込んでしまった。
呪界は周辺にいた他のバジャーを次々と吸引。
膨大な魔力と物質を続けざまに放り込まれ、界内で破滅的な連鎖反応が発生した。
『後は通常と同じです。槍が限界に達して呪界が崩壊し、大火球が出現した……ということではないかと』
「なるほど、可能性はありそうね」
『もう、どうして他人事なんですか! 少尉がなさったことですよ!』
フレイヤはため息をついた。
『いずれにしても、あくまで推測です。次回やる時にはあらかじめお知らせください。観測機を飛ばしますから!』
「悪いけど、それは無理ね。あれは事前に準備できるようなものじゃないから」
『少尉の固有技能、“因果の連鎖”ですか……未来の事象の連なりが見通せるそうですね』
「わたしがあるべき行動をした結果だけが、頭に浮かぶ感じかな。そんなに便利ではないんだけど……」
とにかく今回も因果は見えた通りに連なってくれた。
大きな危険と引き換えに、わたしは思い描いた通りの成功報酬を得た。
控えめに言っても、これは大成功のはずだ。
そうだ、うまくいった。奴らをひとまとめにやっつけてやった!
歓喜が波のように幾度も押し寄せ、体の芯がじんわりと熱を帯びる。
わたしは震えるような悦びを覚えた。