楔
機体は順調に飛翔した。
不安と退屈と緊張が入り混じった時間は過ぎ去った。攻撃隊は西部海岸へ迫りつつある。フレイヤから通話が入った。
『司令部より全機に通達。マガツに探知される恐れがある為、これより長距離回線は使用禁止。以降、誘導管制は視覚投影情報のみとなります。みなさん、御武運を』
通話は切れたが、PLSのお陰でフレイヤはすぐ傍にいる。単に音声での会話ができないだけだ。わたしは計器類を念入りに再チェックした。よし、問題ない。
「こちら第三中隊、ボルド大尉。バモンド少佐、応答願います」
『バモンドだ。どうした、ボルド?』
短距離回線で呼びかけると、バモンド少佐はすぐに応答してくれた。
「発動機が不調。編隊に追従することが困難です」
『――了解した。離脱して最寄基地へ向かえ』
「はい、少佐。第三中隊の指揮はムンスター中尉に委譲し、ボルド機は離脱します」
予定通りのやり取り。
ところがバモンド少佐は思いがけない言葉を放った。
『いや、それはまずいだろう。ここはもうマガツの勢力圏と考えるべきだ。第三中隊はボルド機に同行し、護衛任務にあたれ』
わたしは面食らってしまった。
攻撃隊はこれから数的優位に立つマガツへ攻撃を仕掛けるのだ。手駒は一機でも多い方がいいはずなのに。
『お前は優秀な飛翔槍兵だ。ここで失うわけにはいかん。いいから、連れて行け』
わたしは迷った。
部下達がいれば目的地を護るマガツの群を突破しやすくなるだろう。しかし、それには覚悟がいる。勝ち目の怪しい賭けに全員を巻き込む覚悟が。
わたしにそれができるか?
みんなの命より、わたしの任務が大事と割り切れるか?
――できる。やれる。いや、やるしかない。
使命を達成しなくては。
どんな方法でもいいから、やりおおせることだ。
それ以外はなにも――重要ではない。
そう思うしかない。
賭けられているのは、わたしやマユハの命だけではないのだ。善人ぶっている場合じゃない。もはや、なりふり構える状況ではないはずだ。バモンド少佐もそう判断したのだろう。
「……了解。第三中隊、離脱します。お気遣い感謝致します、バモンド少佐!」
わたしは中隊に新たな針路を告げると、機体を旋回させた。当然ながら攻撃隊はそのまま進む。中隊メンバーのみ、わたしに追従してくる。
「我が中隊はこれより単独行動をとる。各機、直ちにPLSを切れ」
わたしはPLSのメインスイッチを切った。傍らで息づいていたフレイヤの気配がかき消え、視覚からも情報表示が失せた。寂寥感さえ覚えたが、仕方がない。
さすがに疑義が生じたのか、ムンスターが声を上げた。
『PLS切断、了解。もちろん、ご命令通りにしますが……ボルド大尉、質問してもよろしいですか?』
「ええ、もちろんよ。それでなにを聞きたいのかしら?」
『はい、大尉。我々がどこに向かうのか、PLSを切る理由はなにか、ですな』
攻撃隊の誘導管制はPLSが前提になっていた。低空を飛んでいる為、PLSを切るとフレイヤにもこちらの位置を探知できなくなる。相手がどこにいるかわからないなら、誘導のしようがない。以降の航法は昔ながらの観測と計算に頼るしかなくなってしまう。
対応する訓練は受けているが、理由を知りたがるのは当然だ。
「なるほど、確かに気になるでしょうね。きっとみんなも知りたいはずだわ」
わたしは唇をなめた。
口調を改め、全員に呼びかける。
「第三中隊、傾注! これより特別任務について説明する。秘匿情報が含まれる為、知りえた内容は一切口外禁止よ。いいわね?」
了解を確認し、わたしは出撃前にベルファスト博士から聞いた情報を話しはじめた。
「昨夜の攻撃は空襲と上陸だけじゃない。マガツはロアン大陸に楔を打ち込んだのよ。それは――」
□
「――強襲巣ですって?」
「そうだ。貴様にも以前に画像を見せただろう。小型で頑丈な巣だ」
ベルファスト博士が運転手に目配せすると、機走車は動き出した。病院の裏口をぬけ、わたしの召集先であるベルゲンの空港へ向かうのだ。
だが、博士の話は戦況すら頭から消し飛ぶほどの衝撃的な内容だった。
「重爆撃タイプの変異種、運搬タイプ数十体であの巣を持ち上げ、アイリッシュ島から運んできたのだ。昨夜のうちにな」
マガツは他の攻撃にまぎれて強襲巣を運び、ロサイルの街中に落下させたのだという。高度1000mから落とされた巣は半ばまで地面にめり込んだ。
「あれは空から前線に落とす要塞だったわけだ。分厚い甲皮や小さめのサイズからして、そうだろうとは思っておったが」
「ロサイルの住民達は……どうなったんです?」
落下に伴う被害を免れた住民の大半は、まだ無事らしい。巣と一緒に飛来したマガツはロサイルの周囲を飛び回り、外に出ようとする人間だけを襲っている。ただ、それには戦慄すべき理由があった。
「恐らく巣の内側には大量の卵が詰め込まれているはずだ。それを孵化させるには、エネルギーと栄養源がいる」
エネルギーと栄養源だって?
言葉の意味を理解しかねて――いや、理解したからこそ、わたしはつぶやきをもらしてしまった。
「まさか……」
「ロサイルの地下には太い地脈がある。巣の底部から根を伸ばせばエネルギーは確保できるだろう。栄養源はむろん――ロサイルの汎人達だな」
口中に酸っぱいものこみ上げ、わたしは吐き気を覚えた。
対して博士はむしろ楽しそうだった。
「足りない資源は現地調達というわけだ。実に合理的な連中じゃないかね!」
「笑い事ではないでしょう! ロサイルには30万人もの人々がいるんですよ!? 彼らを丸ごとマガツの餌にするつもりですか!!」