保護者
汽車はベルゲン駅の手前で停車してしまった。
ここから見ても、たくさんの車両が構内に入れず、停まっているのが見える。
駅が混雑――いや、大混乱に陥っているらしい。
「燃えちゃっている。あっちもこっちも」マユハがつぶやく。
大都市、ベルゲンは黒いもやに覆われていた。
大半は鎮火されたようだが、まだ街のあちこちから煙が立ち上っていた。
恐らく――いや、間違いなくマガツの空襲を受けたのだ。
ベルゲンが攻撃を受けたのは、これが初めてのはずだった。
サイレンや群集の喧騒がここまで聞こえてくる。
当面、汽車は動きそうにない。
諦めたのか、線路の横を歩き出している乗客がちらほら出ている。
恐らく乗務員をつかまえてもらちがあかないだろう。
「どうする? ロゼ」
この状況下でのんきに精密検査でもあるまい。
しかし、わたしは当初からの予定に従うことにした。
「とりあえず軍病院に行きましょう。駅から近いから歩きでも大丈夫よ」
場所柄、軍司令部との連絡も取れるはずだ。
なによりマユハの安全を確保する必要がある。
線路に降りると、わたし達は駅に向かって歩き出した。
□
街は人々であふれかえっていた。
大混雑をくぐり抜け、なんとか軍病院にたどり着く。
玄関前や待合ロビーでは軽傷の怪我人が手当てを受けていた。
救急キットの鞄を抱えた医療士達があわただしく行き来している。
声をかける相手を探そうとしたとたん、
「ロゼ・ボルドっ!!」と横合いから怒鳴りつけられた。
「――博士!?」
廊下の向こうからせかせかした歩調でやってくる薄汚れた精霊種。
紛れもなくベルファスト博士だった。
髪や服の乱れはいつものことだが、一段と疲れているようだ。
何故かマユハは、わたしをかばうように前に出た。
「――見覚えのある娘だな。貴様の保護者か? わざわざ連れて来たのかね?」
博士はマユハをじろりとねめつけた。
「あ、いえ、すみません。マユハ、ちょっと……」
わたしはマユハを後ろに戻そうとしたが、彼女は足を踏ん張り、譲らない。
博士は鼻を鳴らすと、
「まあ、いい。検査は中止だ。貴様には召集がかかっている」
「それを伝える為にわざわざ?」
「そうだ――と言ったら信じるのかね?」
「いいえ、まさか」わたしはかぶりを振った。
病院にいること自体はおかしくない。
精密検査には博士も立ち会う予定だったのだ。
だが、検査が中止になった段階でさっさと立ち去るはずだ。
いつ現れるとも知れないわたしを待つような無駄はしないだろう。
博士はわたしに用件があるのだ。恐らくは重要かつ至急の用件が。
「わかっておるなら余計な質問をするな、馬鹿者が! 私は忙しいのだっ!!」
言い捨てると博士はきびすを返し、歩き出してしまう。
一瞬迷ったが、わたしはマユハを引き寄せ、博士の後を追った。
□
王都ベルゲンの空港は大きく、四本の長大な滑走路を持つ。
普段は民間と飛翔軍で二本ずつ使用している。
しかし、いま使える滑走路は軍用の一本だけだ。
操縦席から見える王都の街並は黒いもやに覆われていた。
大半は鎮火されたが、まだ街のあちこちから煙が立ち上っている。
博士に機走車で送ってもらえてよかった。
徒歩で空港を目指していたら、出撃に間に合わなかっただろう。
機体を離陸位置につけ、わたしは管制塔を呼び出した。
「こちら第102飛翔戦闘団所属、ロゼ・ボルド大尉。離陸許可願います」
『管制塔からボルド機へ。コースクリア……ただし、少し揺れるぞ』
この滑走路も空襲で数カ所に穴があいてしまったらしい。
補修はされたが応急的なものなのだろう。
「了解、管制塔。大丈夫よ、任せて」
『頼むぞ、奴らをたたきのめしてくれ!! 離陸を許可する! 離陸を許可する!』
メルカバの脚は頑丈だ。
多少荒れた滑走路でも離陸に支障はない。槍を二本抱えていてもだ。
いや、あったとしても構うものか。
機体の尻を引っぱたいてでも上がってやる。
戦場へ。わたしがいるべき場所へ。
ブレーキをしっかりかけ、スロットルを押し込む。
発動機がうなり、機体がびりびり震えた。
『離陸する!』
ブレーキを解除。
機体はするすると滑り出し――猛烈に加速した。
座席に背がめり込み、速度計の針が跳ね上がった。
あっさりと離陸速度に到達。
操縦桿を引く。
機体がわずかに沈み、ついで機首が上がる。
よし、脚が地面から離れた。
発動機に鞭を入れ、急速上昇。
見えない手で後方へ押し込まれたように地表が遠ざかる。
地上のくびきを脱し、わたしは空へと飛翔した。
ああ、やっぱりメルカバはいい機体だ。
こんな時なのに、嬉しくなってしまう。
この子とならやれるはずだ。たくさん殺しに行こう。
あいつらをたくさん、みんな殺してしまおう。
わたしと君で。
機首が高々と天を指す。
長く燃焼炎を吐き出しながら、メルカバは曇天へ駆け上がった。




