死んで当然
ボーデンとのやり取りはいま思い出しても不愉快極まるものだった。
相手がアルでなかったら、乞われても決して語らなかっただろう。
「――それで、その後はどうなったんですか?」
台所で朝食の食器を片付けながら、アルは背中で聞いてきた。
わたしの方は台所の椅子に座り、お茶をすすっている。
これではどちらが客だかわからないが、アルは自分が皿を洗うと言って聞かなかったのだ。
確かに今朝のわたしの顔色は普段よりずっと悪かった。寝不足なのだ。
無理してもアルを心配させてしまうだけだろう。
「んー、実はねぇ。その後はなかったの。よくわからないまま、終わっちゃったのよね」
「終わった、とは?」
洗い物を終えて、アルもこちらへにやってきた。空いていた椅子を引き寄せ、わたしの横に座る。
わたしは肩をすくめた。
「次の日、約束の時間にボーデンが酒場に現れなかったのよ。日を改めて三回ほど待ってみたんだけどね」
放置するにはマユハとの関わりが深すぎる。
他の酒場や賭場など、わたしはボーデンが立ち寄りそうなところをいくつかあたってみた。しかし、結果は空振り。あの日の晩以降、彼を見た者はいないようだった。
わたしもそれ以上探すほどのつてはない。大都市で姿をくらませた相手を探すのは、専門家でも難しい。肩透かしを喰らい、わたしはしばらくの間、ひどくもやもやした気持ちを抱える羽目になった。
やがてわたし達の生活は一変し、それどころではなくなってしまった。結局、今日に至るまでボーデンが姿を見せることはなかったのだ。
「確認はしなかったんですか? 宿とか……」
「したわよ、もちろん」
ボーデンは繁華街の安宿に泊まっていた。
だが、わたし達と酒場で会った日の夜以降、宿に戻ってこなかったらしい。軍のコネを使って部屋の中を調べさせてもらったが、手がかりはなし。知り合いなら宿代を払えと宿の主人にせまられ、閉口したものだ。
「あいつが金づるを放ってどこかへ行くとも思えないんだけどね。とにかく、会えなかったのよ。まあ、それでよかったのかも知れないわ」
「――もし会えていたら、どうしてました?」
ボーデンの正当な分け前と相応の治療費を渡す。いや、上乗せしてもいい。その代わり、わたし達の前から姿を消してもらう。マユハとは二度と会わせない。
「聞き入れないようなら、ボーデンを排除していたでしょうね」
「……排除? どうやってですか?」
「文字通り、なんでもやるつもりだったわよ。わかったと言うまで殴るとか、無実の罪を着せて投獄させるとか、手っ取り早く呪力でかたをつけるとかね。いまのわたしじゃ無理だけど」
冗談めかして言ったはずだが、アルは半ば困惑しているようだ。
わたしは肩をすくめた。
「どうしたの? まさか本気にした? どうせもう会うことはないわよ、ボーデンとは」
「……そうですね」
指で額を軽くもみ、アルは嘆息した。
「確かにボーデン・ノボリリとはもう会えないでしょう。生きていませんから」
「――何ですって?」
わたしは彼の顔を見返した。当然ながら、彼にふざけている様子はなかった。
念押しするようにアルは言い直す。
「彼は死んでいます。あなたと別れた日の晩に」
酒場を出た後、ボーデンは繁華街を歩いているところを目撃されている。しかし、以降の足取りは途絶えてしまう。
そして翌朝、クルグスの街中を流れる河の下流で溺死体として発見された――と、アルは語った。
「ボーデンが溺死? 本当なの、それ。あなたはなんでそんなことを知っているわけ?」
「クルグスの街はいまや廃墟になりましたが、焼き払われたわけじゃない。警吏局に残っていた記録が戦後に回収されているんです」
記録によれば、警吏達はボーデンの死に事件性はないと結論づけたらしい。彼は泥酔し、河へ転落して溺れたのだと。
「所持品から氏名と出身が判明した為、警吏局は身内に連絡をしようとしていたようです」
姪であるマユハは同じクルグスにいた。
だが、警吏達は彼女までたどりつけなかった。時間がなかったのだ、残念ながら。
「そうだったのね。道理で姿を現さないはずだわ。死んでいるなら当たり前ね」
「ロゼ、その……あまり、動揺していませんね?」
わたしは苦笑いしてしまった。
正直、ボーデンが死んでいたと聞かされたところで、たいした感慨は浮かばない。
「ろくでなしが似合いの末路をたどった――それだけでしょ? 驚く必要はないわ。むしろ、ほっとしたくらいよ。はっきりとした結末を知らなかったから。いっそ、嬉しいって表現してもいいかもね」
「嬉しい? ボーデンは死んで当然だったと言うんですか?」
アルは表情を硬くする。
おやおや。正義感は方向をよく見極めて発揮して欲しい。
「ええ」わたしは微笑み、「あなたがどう思うかはわからないけど、あいつは死んで当然の屑よ」と言い放った。




