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緊急通達

 中隊長機が前のめりになり、降下を開始した。

 わたし達もほぼ同時に後を追う。少し離れた場所で他の中隊も降下しているはずだ。

 

 敵集団との高度差は3500m。

 

 だが、こちらの手は相手も読んでいる。

 敵の護衛達が、わらわらと上昇して来た。

 奴らは体当たりしてでも、わたし達を止めるつもりだろう。

 銃兵達も頑張っているのだろうが、相手が多すぎた。

 

 警告ブザーが断続的に鳴った。

 

 降下速度がサブラの安全限界に近づいている。

 あまりに速く降りると、途中で機体が分解する恐れがある。

 

 わたしは降下制限翼(ダイブブレーキ)を展開した。

 

 がくんと機体が揺すられる。

 機体の左右から飛び出した翼により大きな空気抵抗が発生し、加速が緩む。

 同時にサイレンのような大音響が轟く。

 

 表面に術紋刻印された降下制限翼はただの風鳴りに呪いを付与し、惑乱効果(デバフ)を発生させる。

 

 機体が操縦者の呪力を帯びている為、こうした術効果を発揮できるのだ。

 大隊全機が発する呪音が空域を圧した。

 進路を塞ぎかけていた敵の護衛達がよろめき、動きを鈍らせる。

 

 我々は敵の間を駆け抜けた。

 

 残念ながらバジャーには惑乱は効かない。

 連中は密集した編隊を組み、猛烈な対空射撃を始めた。

 

 赤熱しながら迫ってくる無数の点は、全身に13本ある吻状器官から撃ち出された尖甲弾だ。

 

 まるで輝く星々の中へ突入していくようだ。

 幻想的な光景だが、命中すればたった一発でも致命傷になることがある。

 

 しかし降下中、回避機動はできない。

 

 我々の任務は重爆撃タイプとの衝突コースに機体を乗せることだ。

 他のことをしている暇はまったくない。

 そもそも敵弾を見て避けるなんて、不可能だろう。

 

 いったん降下した後は、運を天に任せるしかない。

 

 操縦に専念し、迫る弾雨のことは頭から追いやる。

 当たらなければ景色と一緒。そう思って待つしかない。

 

 敵とわたし達――いずれかが砕かれ、地に墜ちるその時を。


『投擲っ!!』

 

 号令がかかり、中隊は一斉に荷物を切り離す。

 軽くなった機体を引き起こし、みんなは弧を描いて上空へ離脱した。

 

 わたしだけが荷物を持ったまま、降下を維持した。

 標的のバジャーはもう目前だ。

 

 まだ。

 まだ、まだ。

 まだ、もう少し。

 

 望んだ結果を出すには、まだ……あと、ほんの少し足りない。

 

 いつもここで諦めてしまう。

 今日も同じことを繰り返すのか?

 

 いや、ダメだ。冗談じゃない。

 

 奴らをみんな行かせてしまったら、凄まじい被害が出る。大勢殺されてしまう。

 そんなことは許せない。


 わたしだってわかっている。戦争とは潰し合いなのだ。結局、数の多い方が勝つ。

 

 彼我の戦力差は圧倒的だ。

 この空は敵に制圧されようとしている。

 

 それでも、少しだけでも食い止めなくては……だけど、どうやって!?

 

 もう時間がない。どんな方法でもいい。

 どうしてもやり遂げなくてはならないのだ、いま!!

 

 強く、強く、強く願う。

 不意にぞくりと背筋が凍え――それが来た。

 

 

 因果の連鎖が、かちりとはまった。

 

 

 わたしは降下制限翼をたたみ、スロットルレバーを押し込んでいた。

 速度がぐんっと伸びる。

 警報ブザーが鳴るが、聞こえないふりをする。

 これをやるしかない。

 いや、これをやればいいのだ。

 

 機体は恐ろしい勢いでバジャーへ迫っていく。

 

 バジャーの表面は蜃気楼のように揺らいでいた。

 幾重もの魔力障壁(マジックシールド)を展開しているのだ。

 この障壁は戦艦の大口径砲弾すら防いでしまう。

 

 だが、一つだけ例外があった。

 

「――お届け物(プレゼント)よ、受け取りなさいっ!!」

 

 切り離しレバーを引く。

 基地からはるばるここまで抱えてきた荷物――緑褐色の巨大な槍が機体から離れた。

 

 槍は全長6m、重さ2t。

 正式呼称は40年式 航空重術槍である。

 

 だが、わたし達はみんな呪槍(カースランス)、あるいは単に槍と呼んでいた。

 

 呪槍は操縦者の呪力に応じて威力が変動する。

 基本的に呪力をこめるほど槍の威力は増大していく。

 

 しかし、同時にリスクも高くなる。槍を外してしまうと術が破れ、呪力に応じた呪い返しを受けるからだ。


 あまりに強い呪い返しは、術者を殺すことさえある。

 だから、こめる呪力は槍の術紋が発動できる程度にとどめるよう、規定がある。



 わたしはありったけの呪力――明らかに規定を超える量を注入した。



 持て余された呪力により、槍は燐光を帯びているはずだ。

 切り離しにより安全装置が解除。刻み込まれた術紋が活性化し、尾部から瘴気が噴出する。

 

 降下速度に噴射が加わり、呪槍は急加速。


 魔力障壁を貫き、吸い込まれるようにバジャーに命中した。

 火花をまき散らし、甲皮を軽々と貫通。黒い穴だけを残し、体内へ消えた。

 

 のんびり見ている場合じゃない。機体は衝突コースに乗ったままだ。

 

 引き起こしは間に合わない。

 操縦桿を力一杯横に倒し、フットレバーを踏み込む。

 

 サブラはぐるりと回転し、急激に横へ逸れた。

 

 軽い衝撃の後、わたしの機体は敵集団の下方へ突き抜けた。

 翼端がはじけ飛んでいる。重爆撃タイプの端をかすめたらしい。

 きりもみ状態になりかけた機体を必死に立て直し、長距離回線でフレイヤを呼び出す。

 

「フレイヤ、緊急通達! 全機、直ちに空域から退避をっ!!」

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