好奇心
情報は得られたが、あまり明るい気持ちにはなれなかった。
先行きはどうにも不穏そうだ。
施設の廊下を歩いていると、ムンスター中尉と出会った。
ラフな格好をしており、顔一面に浮かんだ汗をタオルで拭っている。退勤後に着替えて施設の敷地内を走っていたらしい。身体を鍛えるのが趣味のようで、暇を見ては運動に勤しんでいるのだ。
「お疲れ様です、ムンスター中尉。またランニングですか?」
「ええ、鍛えんとすぐになまっちまいますから。年よりなもので。はっはっはっ!」
年よりとまではいかないが、ムンスターは二十代後半で実験団にいる操縦者の中では最年長だ。ずんぐりむっくりな体型と相まって、愛嬌のある男だった。
海軍の砲員から難関の試験をクリアし、飛翔学校へ転進した異例の経歴の持ち主である。
充分な呪力はあるが固有技能は持っていない。代わりに操縦技術はかなり高く、海軍時代と合わせて戦闘経験は豊富だった。
彼は飛翔試験中隊の第二小隊を率いており、機体の構造や仕組みにも詳しい。
わたしが指揮する第一小隊と作業を分担しているが、公平に見て第二小隊の方が的確に試験をこなしていた。
ただ、中尉としてはわたしの方が少しだけ先任で、彼はなにかとわたしを立ててくれている。
「ボルド中尉はいまお帰りに? 退勤時間はとっくに過ぎてますが」
「ええ、ラボまで報告に行っていました」
「そりゃあ、中尉も酔狂ですなぁ。報告書だけよこせばいいと言われているでしょうに。自分はあの御仁と対面するのはまっぴらですよ、うはははっ!」
わたしとすれ違いながら、ムンスターは楽しげに笑い飛ばした。まあ、ベルファスト博士は親しみやすいとはとても評せない人物だから、仕方がないだろう。
シャワールームへの扉を開きかけ、彼は振り向いた。
「あ、そうそう。お迎えの方なら、食堂にいましたよ」
□
ムンスターの言葉通り、マユハは食堂の席にいた。
本来、部外者は玄関ロビーで待たなくてはならないのだが、彼女はすっかりここに馴染んでいる。隣にはアルがおり、二人を囲むように整備などの地上要員達がテーブルに陣取っていた。
マユハは嬉しそうに笑っている。遠目にも輝くような笑顔だった。
わたしがさっと中に入ると、みんなの視線が集中してしまった。
アルは立ち上がり「お疲れ様です、ボルド中尉!」と敬礼すると、他の者達も慌てて追従した。こういう場面に上官が出てくると座が白けてしまう。
ちょっと気まずい思いで答礼を返すと、マユハがぴょんと抱きついてきた。
「ロゼ、お疲れ様!! 迎えにきたよー、はぐ-」
「ちょ、まだ駄目よ、マユハっ! 門を出てからにしなさいってば!」
いくら新婚でも守るべき節度がある。ここは職場なのだ。
だが「やだー」と言いつつ、わたしの胸に顔を埋めるマユハを押しのけることはできなかった。かわいいから。かわいすぎるから。
「すみません、ボルド中尉。みんな、マユハさんと話したがってしまって……」
アルはほっとしたような表情だった。
彼らの中で階級はアルが一番上だが、年齢はずっと下だ。地上要員達の悪ノリを止められなかったのだろう。対照的に地上要員達は揃って不満そうだ。
「ああっ、マユハちゃーん、カムバーック!」
「残業前に、もうちょっと癒やしが欲しかったのにぃ!」
「いいから、君達はさっさと仕事を片付けなさい。そして帰れ、自分の家に」とわたしは切り捨てる。
「そんな、中尉! 殺生なっ!! あともうちょっとだけ、延長お願いしますっ!」
なにが延長だよ。飛翔軍ではそういうサービスは提供していないのだ。
わたしは開き直ってマユハを抱き寄せ、頭をなでまわす。
「ダメよ。この娘はわたし専属なんだから。ね?」
「うん! ロゼ、好きー」とマユハも乗ってくる。
「くっ、上官だからって見せつけやがってっ!!」
「いや妻帯者でしょ、君たちもっ! いいから仕事に戻りなさいってば!!」
ふと思いついた様子で、アルが口を開く。
「そういえば、どちらが奥さんとか、あるんですか? あ、いや……し、失礼しました!」
顔を赤らめてアルは頭を下げた。
真面目な性格だが、年相応の好奇心には勝てなかったらしい。まあ、同性婚だとよく聞かれる話だ。実際のところはその時々で、互いにふさわしい役割分担をしている感じだ。
とはいえ、わざわざ他人に明かすような話ではない。わたしは苦笑いで誤魔化そうとした。
「あはは、まあ、それはね……」
「昼のロゼは旦那様っぽい。でも、夜のロゼは奥様っぽいよ」
マユハの発言に、しんと場が静まった。
なに言うの。
なに言っちゃっているの、この娘!?
若干のタイムラグの後、わっと地上要員達は盛り上がった。
「ちゅ、中尉! それは、つまり……っ!?」
「そっか、マユハちゃんの方が……こう、こんな感じのロールプレイをっ!? こうか? 二人はこうなのかーっ!?」
「やばい、イマジネーションが止まらねぇーっ!!」
「マユハーっ!!」わたしは思い切り怒鳴ってしまった。