機密情報
ロアン以外の四大陸はとっくにマガツに制圧されている。
もしかしたら、いくつも新しい巣が作られているのかも知れない。
しかし、博士は憤然と鼻を鳴らした。
「そう簡単な話ではない! 工場であれ、巣であれ、新しいものを生産するには資源が必要なのだ。奴らは既に占領地で利用可能な生物、鉱物、地脈のほとんどを喰い尽くしているはずだ。その状況で巣を増やしても意味はない」
博士は勢いよく席に腰を下ろした。理不尽な扱いに抗議するかのように、椅子が軋む。
「戦争に参加しておるのは人類への攻撃に特化した、いわば兵隊蟻のマガツだ。これを一体養うには多数の働き蟻が存在せねばならん。無闇に兵隊蟻を増やし過ぎれば、生物集団として破綻するだけだ」
確かにその通りだ。軍隊だけで国は成り立たない。
たとえば重爆撃タイプに普通の生物のような行動――餌集めや巣作りは無理だろう。
兵隊とは、戦争以外に能のない無駄飯喰らいなのだ。
限られた資源と巣の生産力は、働き蟻にも振り分ける必要がある。
博士は根本的な資源量から生産の上限を推定し、維持可能な兵隊蟻の総数を割り出していた。あくまで推測値だが、計算結果には大いに自信があるようだ。
「やっと理解できたかね? 我々の迎撃が効果的になった結果、兵隊蟻――その中でも飛翔種は相当に減耗しているはずだ。パガマ半島では地上種の損害も多い。であるなら、そろそろ減少の影響を隠せなくなる」
「なのに、まったく攻撃の手を緩めようとしない……?」
「そうだ。連中は損害を度外視して空襲をエスカレートさせている。中長期的に見れば損な取引なのに、だ」
改良型のサブラやカッスルは無敵ではない。ちゃんと対策を練れば、マガツは損害を減らす改良種や戦術を編み出せるはずだ。
その上で充分な戦力を整え、反撃。いままではそのようにして人類に対抗してきたのに、そうしない。損害には目をつぶり、ゴリ押しの戦法をとり続けているらしい。
「理由は明らかだ。マガツは時間を惜しんでいるのだよ。だからやっきになって攻撃にのめり込んでいるのだ!」
何故だろう。そこまで急ぐ理由がどこにある?
わたし達にはどこからも援軍はこない。時間はわたし達の味方じゃないはずなのに。
「ふん――この際だ、貴様も知っておけ」
博士は机に一枚の紙を投げ置いた。端に術紋が描かれているだけで、他は白紙である。
だが、この術紋には見覚えがあった。
「レベル4の機密情報じゃないですか! わたしはこの情報に接する資格が――」
「いちいち言葉を返すな! いいから、見ろ!!」
完全に保安規定違反だが、ここで逆らっても仕方がないか。
どうせわたしは無茶な約束をしてしまっているのだ。
術紋に博士が親指を押しつけると紙に変化が起きた。
表面がひび割れ、ばらばらと「奥へ」崩れ出した。
まるで紙の上に乗せられた白いブロックが消滅しているようだ。ぼやけた像が浮かび出て、急速に精彩化していく。
ほどなく現れたのは、上空からどこかの森を見下ろした精緻な画像だった。
森の中にはマガツが群れており、中央に楕円状の大きな卵のようなものが鎮座していた。教本に載っていた絵図に似ている。
「アイリッシュ島の南西で発見された、マガツの構造物だ」
わたしは食い入るように絵を見つめた。飛翔機から地上を見下ろした時の風景のようだ。
以前に聞いた班長の言葉を思い出す。
「これはマガツの巣……ですか?」
「そうだ。だが平均的な巣に比べ、かなり小さい。おまけに外被が分厚い。頑丈だが、その分内部は狭いだろう」
妙な作りのようだが、巣であるなら目的は決まっている。
「やはり、産まれるマガツの数を増やそうとしているのでは? アイリッシュ島にはまだ資源が残っているのかも……」
博士は鼻を鳴らすだけで、反論すらしない。
まあ、我ながら説得力がない答えではある。この巣は小さく頑丈で狭いらしい。つまり、巣そのものが高コストでマガツの生産効率も悪いはずだ。
ただでさえ資源不足のはずなのに、こんな巣を作る意味はなんだろう。
しょせん蟲のやることだ。考えても仕方ない――と切り捨てるのは危険だ。
認めがたいことだが、マガツには知性がある。
こちらの「痛いところ」を的確に突くだけの知恵を持っている。奴らの行動にはちゃんと意味があるはずだ。無茶な空襲を続け、無駄とも思える巣を作るだけの理由が。
考え込むわたしを博士は叱りつけた。
「だから、貴様は余計なことを考えるなと言っただろうがっ! 私はきちんと状況を把握しておる。それだけ理解しておけばいいのだ!!」
「は――いえ、しかし」
「考えるのは私がやる。手筈は私が全部整える。貴様は時が来たら、指示に従って戦え」
「それだけでしたら、もちろん。ですが……」
「それだけでいいのだ。他になにをする必要もない。わかったな!」
博士はもうこれ以上の説明をする気はないらしい。
わたしは応諾を返すしかなかった。




