表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/110

機密情報

 ロアン以外の四大陸はとっくにマガツに制圧されている。

 もしかしたら、いくつも新しい巣が作られているのかも知れない。

 しかし、博士は憤然と鼻を鳴らした。


「そう簡単な話ではない! 工場であれ、巣であれ、新しいものを生産するには資源(リソース)が必要なのだ。奴らは既に占領地で利用可能な生物、鉱物、地脈のほとんどを喰い尽くしているはずだ。その状況で巣を増やしても意味はない」


 博士は勢いよく席に腰を下ろした。理不尽な扱いに抗議するかのように、椅子が軋む。

 

「戦争に参加しておるのは人類への攻撃に特化した、いわば兵隊蟻のマガツだ。これを一体養うには多数の働き蟻が存在せねばならん。無闇に兵隊蟻を増やし過ぎれば、生物集団として破綻するだけだ」

 

 確かにその通りだ。軍隊だけで国は成り立たない。

 

 たとえば重爆撃タイプに普通の生物のような行動――餌集めや巣作りは無理だろう。

 

 兵隊とは、戦争以外に能のない無駄飯喰らいなのだ。

 限られた資源と巣の生産力は、働き蟻にも振り分ける必要がある。

 

 博士は根本的な資源量から生産の上限を推定し、維持可能な兵隊蟻の総数を割り出していた。あくまで推測値だが、計算結果には大いに自信があるようだ。


「やっと理解できたかね? 我々の迎撃が効果的になった結果、兵隊蟻――その中でも飛翔種は相当に減耗しているはずだ。パガマ半島では地上種の損害も多い。であるなら、そろそろ減少の影響を隠せなくなる」


「なのに、まったく攻撃の手を緩めようとしない……?」


「そうだ。連中は損害を度外視して空襲をエスカレートさせている。中長期的に見れば損な取引なのに、だ」

 

 改良型のサブラやカッスルは無敵ではない。ちゃんと対策を練れば、マガツは損害を減らす改良種や戦術を編み出せるはずだ。

 その上で充分な戦力を整え、反撃。いままではそのようにして人類に対抗してきたのに、そうしない。損害には目をつぶり、ゴリ押しの戦法をとり続けているらしい。


「理由は明らかだ。マガツは時間を惜しんでいるのだよ。だからやっきになって攻撃にのめり込んでいるのだ!」


 何故だろう。そこまで急ぐ理由がどこにある?

 わたし達にはどこからも援軍はこない。時間はわたし達の味方じゃないはずなのに。


「ふん――この際だ、貴様も知っておけ」


 博士は机に一枚の紙を投げ置いた。端に術紋が描かれているだけで、他は白紙である。

 だが、この術紋には見覚えがあった。

 

「レベル4の機密情報じゃないですか! わたしはこの情報に接する資格が――」

 

「いちいち言葉を返すな! いいから、見ろ!!」

 

 完全に保安規定違反だが、ここで逆らっても仕方がないか。

 どうせわたしは無茶な約束をしてしまっているのだ。

 

 術紋に博士が親指を押しつけると紙に変化が起きた。

 

 表面がひび割れ、ばらばらと「奥へ」崩れ出した。

 まるで紙の上に乗せられた白いブロックが消滅しているようだ。ぼやけた像が浮かび出て、急速に精彩化していく。

 

 ほどなく現れたのは、上空からどこかの森を見下ろした精緻な画像だった。

 

 森の中にはマガツが群れており、中央に楕円状の大きな卵のようなものが鎮座していた。教本に載っていた絵図に似ている。


「アイリッシュ島の南西で発見された、マガツの構造物だ」


 わたしは食い入るように絵を見つめた。飛翔機から地上を見下ろした時の風景のようだ。

 以前に聞いた班長の言葉を思い出す。


「これはマガツの巣……ですか?」


「そうだ。だが平均的な巣に比べ、かなり小さい。おまけに外被が分厚い。頑丈だが、その分内部は狭いだろう」

 

 妙な作りのようだが、巣であるなら目的は決まっている。


「やはり、産まれるマガツの数を増やそうとしているのでは? アイリッシュ島にはまだ資源が残っているのかも……」


 博士は鼻を鳴らすだけで、反論すらしない。

 まあ、我ながら説得力がない答えではある。この巣は小さく頑丈で狭いらしい。つまり、巣そのものが高コストでマガツの生産効率も悪いはずだ。

 

 ただでさえ資源不足のはずなのに、こんな巣を作る意味はなんだろう。

 

 しょせん蟲のやることだ。考えても仕方ない――と切り捨てるのは危険だ。

 認めがたいことだが、マガツには知性がある。

 

 こちらの「痛いところ」を的確に突くだけの知恵を持っている。奴らの行動にはちゃんと意味があるはずだ。無茶な空襲を続け、無駄とも思える巣を作るだけの理由が。

 

 考え込むわたしを博士は叱りつけた。


「だから、貴様は余計なことを考えるなと言っただろうがっ! 私はきちんと状況を把握しておる。それだけ理解しておけばいいのだ!!」


「は――いえ、しかし」


「考えるのは私がやる。手筈は私が全部整える。貴様は時が来たら、指示に従って戦え」

 

「それだけでしたら、もちろん。ですが……」


「それだけでいいのだ。他になにをする必要もない。わかったな!」


 博士はもうこれ以上の説明をする気はないらしい。

 わたしは応諾を返すしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 博士は口は悪いですが、実はとても論理的な思考の持ち主ですよねw 上司にはしたくないタイプですがw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ