革新的な代物
1244年3月 クルグス市 王立飛翔実験団
わたしは格納庫内にある機体に目を奪われていた。在来機とはまったく違う、ベルファスト博士が一から新規設計した機体。
戦闘攻撃機“メルカバ”だ。
「大きい……ですね」
サブラやカッスルとは比べものにならない。
全体はすらりとしており、機首は尖っている。サブラと違って前方水平翼はない。
整備班のハインズ班長は楽しげに太鼓腹を揺すった。
「でかいだけじゃない。重いぜ、かなり。だが、機動性は悪くないはずだ。推進力が高いからな。なにしろ、この機体は」
機体後端に突き出た発動機の尾部を見やり、班長はにやっと笑う。
太躯種の例に漏れず、彼も機械が大好きなのだ。
「発動機だけでも飛べる。翼がなくてもな」
「――冗談ですよね?」
「マジだよ。機体を垂直に地面に置いて、全力運転すればそのまま離陸できるんだ、数値的にはな。すげーだろっ!!」
班長は実に嬉しそうだった。
いい年をしたおじさんなのに、まるで宝物を自慢する子供のようだ。
ちなみにハインズ班長とわたしは昔から面識がある。
飛翔学校にいた頃、機体の整備を仕切っていたのが彼だったのだ。
まさか実験団で再会することになるとは思わなかった。
「新式の発動機のおかげですか」
「そういうこった。飛翔機の限界性能は発動機で決まる。機体はそれを引き出すことしかできないからな」
メルカバは従来とまったく異なる噴進式発動機を採用していた。
形状は細長い筒型で、前から吸い込んだ空気を後ろから噴き出し、推進力を得る。
ただでさえ強力なこの発動機を、メルカバは横に二つ並べて積んでいるのだ。
「PLSは標準搭載、場所は操縦席の背部だ。エネルギー探査装置は翼の前端に埋め込まれているから、空力への影響はない」
一緒に機体の周囲をぐるっとまわりつつ、班長は話を続けた。
「槍は左右の翼下に吊す。つまり、二本搭載できるぜ」
二本あるなら初撃の後、上昇、旋回して第二撃を放てる。
戦法そのものが変わるわけだ。
「でも呪槍が片方だけになったら、バランスを取るのがやっかいそうですね」
「なにせ、重いからなぁ。ま、ある程度は機体が自動的にやってくれるはずだ。設計上はな」
「まだ未調整ってことですね」
「その辺も含めて設定を詰めるのが、お前さん達の仕事だ。よろしく頼むぜ」
わたしはうなずいた。
呪力による無意識下制御はやり過ぎると手動操作への応答がにぶる。
足りなければ機体が不安定になる。
呪槍1本のみの状態で機体がスピンを始めたら、立て直すのは難しいだろう。
そうならないように標準設定を作らなければならない。
機体の前にまわると、わたしはさらに驚く羽目になった。
「四……いや、六門も?」
機首側面に各二つ、下部に二つの穴があった。
機関砲の発射口だ。
「戦闘攻撃機だからな。槍を使った後なら格闘戦もこなせる。カッスル以上にな」
わたしはうなった。
もしそれが本当なら、まさに戦闘機と攻撃機を統合した万能機である。
確かにこれはすごい機体のようだ。
班長はいたずら小僧のように相好を崩した。
「メルカバで驚いてちゃだめだぜ。ベルファストの旦那がもっとすげー、とっておきを用意しているからな!」
「とっておき?」
「おおっと、軍機だからな、まだ言えねぇ。マジで革新的な代物だ……とだけ、教えとくよ」
博士のことだ、確かにこの程度は序の口なのだろう。
ただし革新的な発明は、まともに動くまで試行錯誤が続くことが多い。
わたし達には時間の余裕はない。もう年は明けてしまったのだ。
「あの、班長。戦況について、なにかご存じですか?」
班長は古参の軍人でもある。
前線からは引いて久しいが、軍歴が長い分、知古も多い。
あちこちから情報が流れ込んでいるはずだ。
「……まあ、厳しいな。改良型のサブラやカッスルも部隊に届いちゃいるが、戦況をひっくり返せるほどじゃない」
損耗率は下がっているが、いったん落ちた操縦者の質は容易に回復しない。
改良型の機体も飛翔軍の純減にブレーキをかける程度の効果しかないようだった。
恐らくメルカバの量産後も、劇的な変化はないだろう。
「敵の大規模な上陸が行われる可能性はあるでしょうか?」
「……さあ、わからんな。アイリッシュ島にはマガツがうじゃうじゃいるが、それは前からだ。飛翔軍の偵察機もあまりひんぱんにはのぞきに行けないだろ」
アイリッシュ島はロアン大陸からわずか50kmしか離れていない。
島といってもかなり大きく、十年前の総人口は7000万人もいた。
マガツはこの島を制圧し、ロアン大陸への出撃拠点にしている。
「規模は小さいが、いくつか新たな営巣も確認されているみたいだぜ。恐らくすぐじゃないだろうが――奴らは来るさ。いずれな」
わたしはうなずいた。
時計の針は確実に進んでいるのだ。
「それから、な。こいつはあくまで噂なんだが……」
声をひそめて、班長は告げた。
「巨人の連中、本国へ軍団を引き上げているらしい」
「――北方巨人族が?」
「ああ。配置に残っているのは、もとの三割程度って話だ」
巨人族の軍団は西部海岸線防衛の要だった。
彼らの最大の強みは集団魔術だ。
陣地全体に広域術をかけ、域内の味方を強く、侵入する敵を弱くする。
ただ、施術は巨人族の領土にしかできない。
形式的にとか、一時的に、ではだめで恒久領土として正式に得られたものでなければならない。
その上で土地を巨人族に「馴染ませる」為に数年がかりで様々な儀式を執り行う。
「でも、それじゃ……巨人族に割譲した、海岸沿いの土地はどうなるんですか!?」