喪失感
目覚めた時、自分がどこにいるのかわからなかった。
穏やかな沈黙に包まれた寝室。
清潔で暖かく、柔らかなベッド。
隣で眠る、愛する少女。
まるで現実感がない。
借り物の――書き割りの舞台上でうっかり眠り込んでしまったかのような。
空々しくて、ひどく虚しい。
いや、気のせいだ。
覚醒直後だし、まだこの館には慣れていない。
だからだ。それだけだ。
わたしは好きな人ができて、一緒に暮らせる場所を手に入れた。
そうでしょう? なら幸せなはずよね。
なのに、どうして涙が出ているのだろうか。
吐きそうなくらい悲しくて。
身体がすかすかになったような、ひどい喪失感だけがあった。
「はあ、はあ、はあ……っ!」
呼吸も鼓動も乱れている。
ひどく、寝汗をかいていた。時間はまだ夜明け前だ。
しばらくぶりの夢だった。
幾度も幾度も見続け、細部まで記憶してしまった悪夢。
14年前、ガメリア大陸のあちこちで起きたありふれた惨劇の一つだ。
わたしの村だけでなく、周辺の住民はマガツの急襲から逃れようとしていた。
全滅しかけた時、支援の為に急派された艦隊と飛翔機部隊が脱出する船団を発見し、マガツを一時的に押し返してくれた。
猛烈な砲爆撃は海沿い一帯――わたしの村をも粉砕し、炎上させた。
風に乗って漂ってきた生き物が焼ける臭いに、わたしは吐き気を覚えた。
だがおかげで船はマガツの追撃を逃れ、わたし達はバルト王国まで逃げ延びることができた。
わたしは難民キャンプで2年をすごした後、軍の幼年学校に進んだ。
マガツを殺すことだけを考えて。
毎日、同じ夢を見る。
それがわたしの人生だった。
他になにもない人生だった。
上体を起こし、深呼吸をして気持ちを落ち着かせようと試みる。
――お母さんはわたしが嫌いだった。
必要な世話はしてくれた。
でも覚えている限り、キスされたことは一度もない。
抱き締めてくれたことも、頭をなでてくれたことも。
母は子供など必要としていなかったのだ。
ただ、愛する男――つまり、父が子供を望んだから妥協したに過ぎない。
彼女はわたしによくこう言っていた。
『いいこと、ロゼ。早く一人前になって自立しなさい』
『さっさと出て行って欲しいのよ、わかる? ここは、わたしとあの人の家なんだから』
わたしは理解した。わたしは邪魔者だ。いない方がお母さんは嬉しいのだ、と。
別にわたしを憎んでいたわけではないのだろう。
ただ母は、あくまでも女として父の傍にいたかったのだ。
わたしが母を必要としているかどうかなんて、彼女の考慮には入っていなかった。
「なのに、なんで……」
なんでわたしを助けてくれたの。
どうしてあの時笑ったの、お母さん。
まるでずっと――幸せだったみたいに。安心したみたいに。
問うことはできない。答えを得られる日はこない。
母も父も故郷も、わたしから遠く離れてしまった。
行き場のない想いが出口を求めて、胸中をぐるぐると駆け巡っている。
情けないことに涙は止まらず、ぼろぼろとこぼれ出した。
――殺してやる。滅ぼしてやる。
「マガツ共……クソ蟲共っ! 思い知らせてやる……絶対、絶対に……っ!!」
湧き上がる怨念で身体ががちがちに硬直する。
呼吸がつまる。奥歯をぎりっと軋ませる。
許せない、絶対に。
あいつらは、マガツは一匹残らず生かしておけない。
マユハが身じろぎし、むにゃむにゃと寝言をもらした。
この娘まで―――わたしから奪わせるものか。




