飛翔槍兵大隊
機体は雲を抜け、視界が開けた。
この時目撃した衝撃的な光景を、わたしは生涯忘れることがなかった。
陽光に照らされ、編隊を組んでいる敵の大集団。
様々な種類がいたが、目を引くのは超大型の重爆撃タイプ“バジャー”だ。
体長は駆逐艦ほど。全体はずんぐりしており、横から見ると下腹が大きく膨れている。
四対の翅から放出される魔力で浮遊、推進する。
バジャーは視界のおよぶ限り、幾本もの鎖のように延々と連なっていた。
信じられない数だ。こんな大規模な敵集団は見たことがない。
周囲をもやのようにまとわりついているのは、護衛の群れだろう。
総数はどれだけいるのか。
『重爆撃タイプだけでおよそ1000体。護衛もほぼ同数。これまでで最大規模の空襲です』
「わお、歓迎式典が必要ね。ダンスパーティでも開く?
でも、もっと早く教えてほしかったわ。わたし、普段着で来ちゃったのに」
どうにか軽口を絞り出す。声が震えていた。
『大丈夫です。今日の少尉もとても素敵ですよ。いつも通り対応すれば、問題ありません』
「ありがとう。上手に踊れるといいんだけど」
わたしは畏敬にも似たショックを受けていた。
敵は雲海の上を埋め尽くし、きらきらと甲皮を光らせながら威風堂々と進撃している。
なんて壮大なパレードだろうか。
この先、人類がいかに発展しても、これほどの大軍を擁して戦いに臨むことはあるまい。
相手が敵でなければ、わたしは感嘆の叫びさえ上げていただろう。
対して我々は90機ほどでしかない。
うち、バジャーの甲皮を破れる兵装を持つのは、我が飛翔槍兵大隊の攻撃機“サブラ”47機だけだ。
わたし達の勝ち目は薄い。
今日だけの話じゃない。
これほどの大集団を繰り出せる相手に対し、最終的な勝利など得られるものだろうか。
無理かも知れない。だけど、それでなにが変わる?
なにも変わらない。
やるべきことは同じだ。
敵の撃滅がわたしの任務。わたしの使い道だ。
わたしは逃げ惑う獲物か? 哀れな犠牲者なのか?
いや、違う。
わたしは捕食者だ。猟犬だ。狩る側なのだ。
少なくとも、そうあろうと努めることはできるはずだ。
敵の数が多い、ただそれだけで。
戦う前から心をおられるような無様はさらせない!!
そうだ――連中にわたしの牙を突き立ててやらなければ。
『敵集団の攻撃目標はロサイルと推定』フレイヤが告げた。
「ロサイル? あそこに大きな軍事施設や工場はなにも――」
『目的は家屋の破壊と民間人の殺傷と思われます』
ロサイルは大陸西部有数の商業都市だ。
美しく装飾された中世の尖塔群が有名で、30万もの人々が暮らしている。
王族や軍人ではなく、民衆を痛めつけて士気を砕くつもりか。
敵をにらみつけ、ぎりっと歯を鳴らす。
お前達は、わたし達の街へ行くつもりなのね。
腹一杯に抱えた炸裂卵を雨のように降らせ、すべてを焼き払う為に。
失われた大陸のように。
故郷の村のように。
父と母のように。
わたしには古い知り合いは1人もいない。もう誰も残っていない。
連中に慈悲は期待できないだろう。
だけど、わたしにだって連中にかける慈悲はない。
あってたまるものか!
『全迎撃部隊、敵集団と接触。誘導管制を終了します』
「誘導管制終了、了解。またね、フレイヤ」
『ご武運を、ボルド少尉』
フレイヤとの長距離回線が切れた。彼女とまたお喋りがしたければ、生き残るしかない。
入れ替わりに機体同士で連絡を取り合う短距離回線の通話ランプが点滅。
バモンド大尉の声がレシーバーに響く。
『第3中隊、傾注、傾注! こちら中隊指揮官、バモンドだ。
みんな、目は覚めているな? これより大隊全機で同時攻撃をかける。
上昇全速、突撃高度まで駆け上がれ!』
号令に従い、我が中隊は上昇を開始した。
僚機の排気管から燃焼炎が伸びた。まるで蝋燭の火のようだ。
わたしもブーストスイッチを叩き、発動機の出力をかさ増しさせる。
音がうるさくなる割に、機体の上昇ははかどらない。
とにもかくにも荷物が重すぎるのだ。
対照的に飛翔銃兵大隊の戦闘機“カッスル”は軽快に前方へ飛び出して行く。
わたしは首をねじ曲げて下方の様子をうかがった。
飛翔銃兵は敵の護衛を爆撃タイプから引き剥がし、我々に道を開く役割だ。
カッスル達はさらに増速して敵集団に迫る。
敵の護衛群もぱっと散開した。
空戦が始まった。遠目にはゆっくりだが、実際には猛烈な速度での殺し合いだ。
見守りたかったが、すぐにどちらの姿も見えなくなった。
角度の関係で自分の機体が視野を遮ってしまうのだ。
わたしは視線を前に戻した。
澄み切った大気。空の色はあまりに鮮烈で、泣きたくなるほどだ。
気温は低く、酸素は薄い。
わざわざこんなところまで来て戦争なんて、どうかしている。
ふいにそんな思いが心に浮かぶ。
だけど、ここがわたしの仕事場だ。
ありがたいことに発熱糸が織り込まれた操縦服は暖かい。
体に彫り込まれた呪術の術紋は、足りない酸素を血中に作り出してくれる。
おかげで操縦に支障はない。
蒼空を排気煙で汚しつつ、中隊の仲間達と共にじりじりと上り詰めていく。
最初から上がっていれば即座に攻撃できるのだが、それでは速度が出せず、会敵地点への集合が間に合わない。この機体の発動機は高度7000m辺りから出力が落ちてしまうのだ。
ようやく高度9500mに到達。ここが突撃高度だった。
『第3中隊、俺に続け! 降下、降下、降下っ!!』