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婚約指輪

 真っ直ぐな憧れの視線をアルは投げかけている。

 ちょっと居心地が悪いが、仕方ない。

 彼から見ればわたしは英雄の一人なのだろう。

 

「でも、模擬戦闘ではミード少尉にはほとんど勝てなくて……」


「それは仕方ないわね。チプスは普通より急激な機動をこなせるから、格闘戦は有利なのよ」


「呪力による身体と機体の強化ですよね。中尉もできるんですか?」


「ちょっとはね、チプスには及ばないけど。でも、わたし達の本業はマガツに槍を突き立てることだから」


「――そうですね。自分も実験団の任務が終わったら、飛翔槍兵として戦いたいです」


 アルは声に気負いと緊張感をにじませた。

 いけない、今日は仕事の話はやめておくべきだ。

 話題を切り替えよう。

 とりあえず、わたしはアルに改めて礼を言っておくことにした。

 

「今日はありがとう。配属されたばかりなのに、引っ越しの手伝いなんてさせちゃって、悪いわね」


「いいえ、自分から言い出したことです。休暇といっても暇なだけですから」

 

 なんとも綺麗な笑みを向けられた。わたしのお愛想笑いとは品が違う。

 アルはいかにも育ちのいいお坊ちゃんという感じだ。

 早いとこ、わたしに幻滅してくれれば楽なのだが、こちらもつい見栄を張ってしまう。

 

 居間の方からリニアがひょいと顔を出した。

 

「ロゼちゃーん、ご飯ができたよー」


 どこか間延びした、明るい声。

 リニアはほがらかな雰囲気の娘だった。

 ちょうど階段を降りてくるところだったのだろう、チプスが急ぎ足でやって来た。


「ああ、すみません、中尉! リニア、ロゼちゃんはないよ。僕の上官なんだから」


「でもあたしの方がお姉さんだよ。人生の先輩だよ。一つだけだけどね!」


「いいわよ、チプス。任務中でもないし、わたし達が手伝ってもらっているんだから」


 とたとたと降りてきたマユハは、わたしの脇を通り過ぎてリニアに抱きついた。


「はぐー」


「はぐー、マユちゃーん。かわいいね、綺麗だねー」


「えへへへ。リニア、好きー」


「ありがとー、あたしもー」


 ぴったり頬を寄せ、手を取り合うと謎ダンスを踊り出す。

 どうもリニアとマユハは馬が合うらしい。

 この二人が揃うとまるでうららかな春の花畑のようだ。

 

 それにしてもマユハの懐きようがすごい。

 君、ちょっと胸が大きな女の子なら誰でもいいんじゃないでしょうね。

 少しばかり不安になる。


「よし、決めた! あたし、マユちゃんと結婚するよ!」リリアが宣言すると、


「するよ、じゃないよ!」突っ込むチプスをスルーし、マユハは


「それがいい。養ってくれる、ロゼが」と無責任に保証した。


「ふつつか者ですが、よろしくお願いします、ロゼちゃん!」


「わたしもー」とマユハ。


「いいけど、結局誰が誰と結婚する想定なの、いま?」


 弱っているチプスを尻目にわたし達は笑い合った。

 もちろん、ただのおふざけにすぎない。

 

 だけど、結婚か。

 

 チプスはいずれリニアと夫婦に、家族になるつもりなのだ。

 

「すごく綺麗だね、リニアの指輪」

 

 心なしかうっとりした口調でマユハは言った。

 リニアの薬指に輝く碧い宝石は、チプスから贈られた婚約指輪だろう。

 心から嬉しそうにリニアは微笑んだ。

 

「碧聖石だよ。マユちゃんもロゼちゃんに買ってもらうといいよ」


「わかった。もらってやってもいい」こっくりうなずくマユハ。


「いやいや、買わないからね?」というか、何故上からなのだ。


 マユハはごねたが、宝石なんて中尉の分際で気楽に買えるような代物ではない。

 そもそも婚約や結婚なんて、わたしには想像の埒外だ。

 

 アルはわたし達を見守るように、ただ静かに笑っていた。




   □




 食事は確かに美味しかった。

 盛り付けまで美しく、これなら王都の有名店にもひけを取らない。

 アルやマユハも同意見のようだ。

 

 みんなからの賞賛を浴び、リニアは得意そうに胸を張った。

 

「ふっふっふっ、そうでしょうともみなの衆! 味は当然として、目も楽しませないとね!」


「実は自分が退役したら2人で料理店をやるつもりなんです」とチプス。わたしは素直にうなずいた。


「繁盛するわ、きっと。お世辞抜きで、本当に美味しいもの!」


「ありがと、ロゼちゃん! オープンの時には招待するから、絶対食べに来てね!」


 リニアははにかみ、チプスと視線を絡ませた。

 退役したら。戦争が終わったら、か。

 

 目論見通りにいくとは限らない。

 むしろ、潰えてしまう可能性の方がずっと高いだろう。

 すべて承知の上で、彼らは将来の夢を語っている。

 

 わたしはー―どうだろうか。

 

 将来の夢。

 2人でかなえたいこと。一緒にやりたいこと。

 

 

 そんなものをもつことができるのだろうか。

 

 

 食事の後は引っ越しの続きとなった。

 マユハはわたし以外の誰かの横にいて、にこにこしながら相手の話を聞いていた。

 

 手伝いの3人は要領がわからないのだから、荷物の置き場やしまう場所を教えてあげる必要がある。

 

 だから、わたしとマユハが一緒にいても仕方がない。

 ないのだが、マユハがわたしに寄ってこないのは正直面白くなかった。

 

 わたしは自分の嫉妬深さに呆れ、ひっそりとため息をついた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 世界一有名な死亡フラグキタ……! チプスェ……。 そして嫉妬するロゼ、萌え( ˘ω˘ ) やっぱレズは嫉妬深くないと( ˘ω˘ )
[一言] >わたしは自分の嫉妬深さに呆れ、ひっそりとため息をついた。 ははは。さすがのロゼもマユハにかかれば、一人の恋する乙女ですね。
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