勝てる
春の前には――1000機を割る?
本当にそうなれば、もはや王国全体をカバーする防空体制は組めない。
兵器生産はさらに落ち、悪循環は急加速する。
「三ヶ月前、パガマ半島にマガツが上陸したのは知っているな?」
「もちろんです」
大陸の南端にあるパガマ半島の四分の一はマガツの勢力圏になってしまった。
マガツはそのまま北上し、大陸中央へなだれ込もうとしている。
ただ半島には急峻な山地が多いことが幸いし、味方はマガツに大量出血を強要できていた。
じりじりと前線は押し上げられているから、決して楽観できる状況ではない。
とはいえ、比較的戦況は安定しているはずだ。
「パガマは予行練習に過ぎん。本命は大陸西部の海岸線だ。ここに大規模な上陸が行われれば、侵攻は止められまい」
「ですが、西部には北方巨人族の軍団がいます。彼らは地上戦では極めて強力です。イベリア大陸の後退戦では幾度もマガツの大軍を――」
「後退戦だぞ、中尉。善戦したところで、なんになる? 連中は強いが戦略的な勝利を達成するには数が少なすぎる。飛翔軍が壊滅すれば、巨人族もこれまでのような強さは発揮できまい」
「マガツはそれを待っている……?」
博士は肩をすくめた。
できの悪い生徒がやっと正解にたどり着いたのだ。
我々は八方塞がりの状況に置かれているらしい。
残された猶予は少ない。あまりにも。
――このままだと人類は遠からず敗北する、確実にな。
前線の兵士達はみんな薄々気づいていた。
そう、わたしもだ。博士に言われた通りだった。
知っていながら、目を逸らしていた。
どうせその時まで自分は生き残れないから関係ない、深く考える必要はない、と。
しかし、もうそんな無責任は許されない。
わたしにはマユハがいるのだ。
漠然としていた不安に博士は明確なディティールを与えてしまった。
いまさらではあるが、わたしは焦燥に駆られた。
「我々は……間に合うのでしょうか?」
「なんだ、貴様。私が無意味なあがきをしているとでも思うのか? 私の時間は貴重なのだ! 無駄なことをする暇はない!」
博士はすっかり不機嫌になった。
「いいか、私には戦争の勝ち方が見えている。マガツの滅ぼし方はわかっているのだ」
「わ……わかっている? 勝てると仰いましたか、いま」
「そう言っておるじゃあないか! 耳が腐っているのかね? 勝てる! 滅ぼせる! 間に合う! 私の想定通りにことを進めればな!!」
明白な事実であるかのように、博士は断言した。
戦争には勝てる。マガツは滅ぼせる、と。
わたしは殴られたような衝撃を受けた。
ぐるぐると思考が空転する。
本当に? 本当に、本当に? 本当に、本当なのか。
故郷を滅ぼし、父母を殺したマガツを地上から一掃できるのか。
半ば諦めていた可能性があるのか、本当に。
人類は滅亡せず、マユハも生き残れる――という可能性が。
生じた希望はたちまち大きく膨らみ、眩く輝いた。
胸が高鳴り、息が苦しい。わたしは涙をこぼしそうになった。
どれだけの成算があるかはわからない。
恐らくそう高くはないのだろう。
だけど勝ち目が「ある」と「ない」では大違いだ。
少なくともベルファスト博士は確信している。
この精霊種の男は勝利へ至る手立てを持っているのだ。
わたしはそれにすがりつくしかなかった。
「必要なのはもう少しの時間と充分な金、あとは貴様ら汎人どもの献身だ。理解できたなら余計な気をまわさず、仕事に――」わたしは博士の言葉をさえぎった。
「それが本当なら、わたしはなんでもします!」
「……ああ? なにを言っておるのだ、貴様」
「なんでもします! なんでもです!!」
勢いこんで連呼するわたしを博士はしげしげと眺めた。
まるで珍獣を見つけた動物学者のように。
「ほう。例えば、そう……兵士としての役割を逸脱した務めでもかね」
いらうような口調。面白がっているのだろう。
一瞬、下世話な想像が脳裏をよぎったが、振り払う。
精霊種が汎人種に性的な欲求を覚えることは滅多にないし――もしそうなら、その時はその時だ。
ここは覚悟を示すべきだ。
わたしは冷静さを装い、明言した。
「わたしにできることなら、なんなりと。わたしには守らなくてはならない人がいるんです」
「病室にいた娘のことかね。貴様とは同性のはずだが」
「それがなんでしょうか? マユハはわたしのパートナーです。一番大切な人なんです!」