博士の所領
王立飛翔実験団は軍の中でも半ば独立した組織だ。
飛翔軍傘下ではあるが、実権はベルファスト博士が握っているらしい。
実験団はクルグスに試作工場や滑走路などの施設を持っている。
それはすべて、博士の構想や設計を具体化する為だけに使われていた。
ここはまさにベルファスト博士の所領なのだ。
夜間着陸を無難にこなした後、わたしは報告書作りに追われた。
軍隊は最大規模の官僚組織であり、官僚は血液のように大量の書類を必要とする。
ましてここでは新型機や新機材の研究開発をしているから、なおさらだ。
諸々を整えてラボを訪ねた時には、明け方になっていた。
博士は起きたまま、わたしを待ち構えていた。
□
ラボ内はひどい有様だった。
散らかっているなんて生易しいものではない。
部屋には大量の機材が詰め込まれ、床に散乱した書類のせいで足の踏み場もない。
ここの混沌は日を追う毎にひどくなるようだった。
わたしは博士の机の前に立ち、直立不動で報告を行った。
「――概要は以上です。詳細は」
「いらん。貴様が機上でやった行為はあらゆる情報を収集しておるし、もう確認済みだ。すべてな」
話をさえぎり、博士は慢性寝不足で落ち窪んだ目をぎろりと剥く。
やっぱりフレイヤとの会話は聞かれてしまったようだ。
「失礼。少々口が過ぎまして――」
「貴様の感想なぞどうでもいい。機材は上手く機能し、実験は成功した。そうだな?」
わたしは背筋を伸ばしたまま、「はい」と短く肯定を返す。
「当然のことだ。生体炉を呪槍で貫けば、エネルギー量に比例した呪界が発生する。私には最初から全部わかっていた。だからそのように術紋を書いたのだ、ずっと前にだ!」
あながち嘘でもないのだろう。
40年式 重術槍の術紋を考案したのは博士なのだから。
「貴様が今回試した新機材の設計なんぞ、2年前には終わっていたのだ。ただ、作るだけの予算を与えられなかったのだ、馬鹿馬鹿しいことにな! そもそも、マガツを――」
博士は身振り手振りをまじえ、べらべらと喋り続けた。
わたしは相槌を返す暇もなかった。
彼はわたしが夕方に出勤した時も試作工場を走りまわっていたはずだ。
一体、いつ寝ているのだろう。元気なおっさんである。
「――などと言いよる! 人類存亡の危機にあたって、財務の健全性なんぞ気にしてどうする? 一人残らず死滅した後、宝物庫に残された黄金になんの意味がある? こちらの要求通りに金を寄越しておけば、ずっと早く実験は済んでいた!」
巨大な呪界を発生させ、重爆撃タイプをまとめて叩き墜とす。
この戦法を行う為には敵生体炉を探知し、極めて精密に照準することが必要だ。
博士は資金をかき集め、必要な機材を開発してきた。
ところが、ようやく実験までこぎつけた段階で、わたしが先を越してしまったわけだ。
「博士の準備を台無しにしてしまいましたか。申し訳ありません」
「フン、謝る必要はない。貴様は大したことはしとらん。少々早めに私の理論の正しさを証明しただけだ。かえってこちらの手間は省けた」
博士は椅子に背を預け、あごを引いて下からわたしをねめつけた。
「貴様をここへ連れてきたのは、人並み外れた呪力ゆえだ。固有技能頼みの曲芸がたまにできる程度では、戦局はくつがえせん。早晩、戦死するのがおちだ。貴様は私が使い潰す。貴様自身が足りない頭で考えるより、ましな使い道だろう」
なんとも業腹な言い草だ。
だが、公平に判断して博士の言い分は正しいだろう。
わたし自身、ロサイルの時のような無茶は繰り返せない。
昨夜試験した新型の発動機をはじめとする各種装備類。これらが配備されれば、飛翔槍兵一機あたりの攻撃力は格段に向上する。
誰もが許容範囲内のリスクでマガツに大打撃を与えられるのだ。
わたしが前線で孤軍奮闘するよりも、はるかに有用なのは間違いない。
「質問、よろしいでしょうか?」
わたしは胸に抱えていた疑問をぶつけることにした。
普段、博士と直接会話する機会はあまり持てない。
「なんだ? 私は忙しいのだぞ。極めて忙しいのだっ!」
「以前に伺った戦況のことです。博士は来年はもう危ういと仰いました。根拠はなんでしょうか?」
博士は呆れたように鼻を鳴らす。
「貴様の頭はなんの為にあるのだ? 明々白々な事実すら読み取れんのか!」
ため息をつくと、博士は掌を合わせ、語り出す。
「貴様にわかりやすく言えば、飛翔軍の規模だ。戦闘機と攻撃機を合計何機保有しているか、知っているかね」
「3000機程と記憶していますが……」
飛翔軍は様々な機種を保有しているが、合計はその位だった。
年頭の軍広報に記載があったはずだ。
「その認識は古いな。現在は2000機少々になっている」
「――なんですって?」
「今年に入ってから、飛翔軍はおよそ月に100機の割合で純減しているのだ。最近はもっと状況が悪い。貴様の耳にも噂は届いているのではないかね?」
「空襲で兵器生産に影響が出ている。損害も増加していると……」
「そうだ。損耗に補充が追いつかんのだよ。単純な話だ! 速成教育が過ぎて、操縦者の質も落ちている。減少のペースは早まりこそすれ、落ちることはない。 私の予想では来年の春を待たず、保有数は1000機を割る」




