意識の扉
驚くほどに簡単だった。
わたしが死の淵を綱渡りして、きわどく成功させた必殺の一撃とまったく同じ。
重要なのは安全規定内の操縦でこの戦果を達成できたことにある。
「これなら何度でもできるわね。夜間は敵もこっちが見えにくいから、かえって撃たれないし」
『この機材を使えば中尉以外の操縦者でもできます。博士の構想通りですね』
「わたし達の苦労も報われたかしら。あいつの顔を思い出すと、なんかむかつくけど」
『あのう、ボルド中尉。この会話は記録が取られているのですが……』
「カットして、カット」しまった、そうだった。
『申し訳ありません、中尉。記録装置まで私の権限は及びません。それに、もう博士のラボへ転送されているかと』
まいったな。
帰投したらまた嫌味を言われるだろうか。いや、あれは嫌味じゃない。
ただ馬鹿にしているだけなのだ。
自分以外の全ての人類に対し、ベルファスト博士はなんの価値も感じていない。
なんだか頭に来てしまった。
「――糞エルフ、耳長じじい! 聞いてる? やってやったわよ、文句ある!?」
『まあ。素敵です、ボルド中尉。やっぱり、私をパートナーとして選んで頂きたかったですわ』
「フレイヤはわたしのパートナーよ。もう案内役だけじゃなくて、一緒に飛んでいるでしょ」
飛んでる間、背中にフレイヤの気配を感じている。
もちろん、そこに彼女はいない――あるのは試験中の特殊兵装だけだ。
人間と人工精霊を呪力でダイレクトに繋ぐ知覚連結装置。
これにより、わたしが見聞きしたものはフレイヤにも直接伝わる。
フレイヤからは従来の音声指示はもちろん、わたしの視界に見せたいものを合成表示できる。
先ほどのターゲットマーカーはその一例だった。
つまり操縦者は状況に応じた精緻な戦闘支援を、即時受けることができるのだ。
『光栄ですわ、中尉。PLSのおかげで願いがかないました』
通常の通信は空間を響き渡るエーテル波によって情報のやり取りを行う。
エーテル波は距離に応じて減衰するし、地脈が発するノイズに乱され、判別できないことがある。
PLSにはこうした制限がない。呪力を使うからだ。
呪力は変化を強要する力だ。
発生のトリガーは強い想い――執念とも呼ぶべき意志である。
たった一つの執念で脳と全身の神経網を染め上げ、呪力を生み出すのだ。
魔力と異なり、生体炉は必要ない。
ただし基本的に意志の力である為、呪力そのものは物理空間に投射できない。
ならばどうやって自分以外の術対象へ呪力を届ければいいのか?
方法の一つは呪物式だ。
特別な物質に呪力をこめ、対象に接触させて術を行使する。
一般的に呪物には術紋が刻まれており、術の内容は変更できない。
代わりに、術の対象については融通が利く。
呪槍や術弾は呪物式の典型である。
もう一つの方法は媒介式だ。
知性ある生物の意識はみな同じ場所――原初領域へつながる扉を持っている。
そして原初領域には、呪力を投射できるのだ。
この領域を通せば、誰とでもつながることができる。
物理空間は経由しない為、彼我の距離は関係ない。
ただ、原初領域には意識の扉が無数にある。
ここから術対象の扉を探し当てるのが非常な難題なのだ。
解決するには、対象を精緻に特定できる触媒が必要だった。
触媒は対象の血液などを加工して作成する。
これをしるべとし、合致する意識の扉を探すのだ。
見つけ出しさえすれば、扉を開くのは難しくない。
後は経路をつなぎ、呪力を送り込めばいい。
ちなみに呪い返しが発生すると呪術の方式にかかわらず、原初領域を経由して術者へ呪いが返ってしまう。
『PLSの場合、操縦者のみなさんの触媒をしるべとして、私が原初領域の経路をつないでいるんです』
フレイヤは原初領域にアクセスできる。
ということは、彼女は本物の生物のような意識を持っているわけか。
博士が魔術装置に無駄とも思える人間的な知性や感情を与えた理由が、やっとわかった。
フレイヤは、どうしてもわたし達と一緒に飛びたいと思った。
その執念が呪力を生み、PLSを実用化したのだ。
『私の呪力は脳や神経を模した大規模な装置群から生じたものです。低出力の割りに都市に匹敵するほどのエーテルを消費してしまうのが欠点ですね』
「ふうん。君は案外、大食漢ってこと?」
『残念ながら認めざるを得ませんね。私はとても高い女なのです、特に食費が』
こちらとしてはありがたい。
受けられる戦闘支援が大幅に強化されるし、どうせ会計は王国持ちだ。
「ね、ちょっと待って。フレイヤも大同意識に接続してるなら、わたしから君に呪力を送る――呪うこともできるのかしら」
人造物である機械を生物である汎人が呪う。なかなかシュールな気がする。
笑いをふくんだ声でフレイヤが答えた。
『そうですね、理論的には可能です。ただ、私の意識の扉は強固に施錠されています。これを解析、開錠するのは人類の脳ではまず無理ですね』
まあ、そうでなくては困る。
セキュリティーが甘いと、フレイヤの信奉者達がなにをしでかすかわかったものではない。
彼女に呪術をかけ、人間のような姿に変化させようとするかも知れない。
そんなことが可能であればだが。
『ともかく、いつでも操縦者のみなさんと共に飛べるようになりました。私は生みの親――ベルファスト博士に感謝していますわ』
フレイヤは感慨深そうだった。
実際のところ、わたしも博士に感謝すべきなのだろう。
己の命を使って、敵を倒す。
これまでわたしはそれしか考えていなかった。
ただそれだけで済むなら、どれだけ簡単だったろうか。
わたしは楽をしていたのだ。もうそうはいかない。
サブラを旋回させ、わたし達はクルグスへの帰路についた。




