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実戦試験

 1243年9月 バルト王国 ドーラ哨戒区






 かすかな月光に照らされた濃紺の空に、星が瞬いていた。

 

 一方、大地は漆黒の闇に沈んでいる。

 河川からの反射光をのぞけば、自然の野山には明かりはない。

 厳重な灯火管制下の街も同様だ。


 だが、左後方の地平線はぼんやりと輝いている。

 わたしはそれに引きつけられていた。


『中尉、明かりを見ないでください。夜間視力が損なわれます』


 フレイヤに注意されてしまった。

 確かに機外の光を見てしまっては、せっかく計器灯まで消している意味がない。


「ごめん、フレイヤ。気をつけるわ」


『いいえ、お気持ちはよくわかります。私が警戒していますので、しばらく瞼を閉じてください』


 言われるがままに、視界を閉ざす。

 あの明かりの下――燃え盛る街の中では一体何人が死んでしまったのだろう。

 いま、この瞬間にも大勢の命が失われているのだ。

 

 このところ、マガツの空襲は活発化していた。

 

 大集団による昼間の強襲ではない。

 100体前後の中規模な群れが、夜間に複数の街を同時に爆撃するようになったのだ。

 以前、マガツは夜間に活動することはほとんどなかったのに。

 

 昼間の空襲もなくなったわけではない。

 

 数十体程度の小集団がフレイヤの監視が及ばない超低空で重要目標に飛来。

 素早いピンポイント爆撃を行っていた。

 

 結果、飛翔軍は分散せざるを得なかった。

 

 間断なく繰り返される哨戒と迎撃。

 味方は不利な戦いを強いられ、損害が多くなっているらしい。

 兵器生産にも深刻な影響が出ているそうだ。



 もし、あの燃える街にマユハがいるとしたら。



 戦争。戦争なのだ。

 わたしの力でできることなど、たかが知れている。

 だけど、どうにかしなくては。

 操縦桿を握る手がじっとり汗をかく。

 

『ロゼ・ボルド中尉? 脈拍、鼓動がやや乱れています。どうか落ち着いてください』


 柔らかい声。

 まるで耳元で囁かれているようだ。



――大丈夫。そこにはいない。



 そうだ、大丈夫。マユハはまだ安全だ。

 あの燃える街ではなく、クルグスにいる。わたしの帰りを待っている。

 その事実はわたしを安堵させた。

 

 だけど、わたしは兵士じゃなかったの?

 

 守るはずの人々が薪のように燃えているのに、ほっとするなんて。

 あまりにも自分勝手ではないか。

 

『中尉、私がお手伝い致します。我々はまだ戦えます』


「そうね。わかっている、ちゃんとやるわ」

 

 重苦しい罪悪感を振り払い、瞼を開く。

 わたしには仕事があるのだ。


『捕捉。敵集団、およそ30体です。護衛の反応なし。爆撃の帰路と思われます』


 追撃を避ける為、敵は爆撃後に小集団に分かれて逃走することが多い。

 今夜もその手を使っているのだろう。好都合だ。


「実戦試験には手ごろな数ね。やりましょう」


『了解。方位0-1-0、高度2000上げ』

 

「方位0-1-0、高度2000上げ、了解」

 

 スロットルレバーを押し込むと、機体は弾かれたように加速した。

 ぐんぐん高度が上がる。まだ5000mとは言え、まるで空荷で飛んでいるようだ。

 搭載している新式の呪槍は、既存の槍よりも重いのだが。

 

「改良型の発動機、すごいわね」


『ブーストユニットも強力ですから、高高度ではさらに差が出るはずですよ』


 たちまち7000mに達する。

 夜は爆撃の精度が下がるため、敵もあまり高く飛ばない。突撃高度はこれで充分だ。

 

 しかし夜間迎撃の最大の問題は、相手がよく見えないことだ。

 

『敵集団、下方3500m。夜行性の重爆撃タイプ“オーガモス”のようです。見えますか、中尉?』


「……いいえ。ぼんやりとなにかが動いているようだけど、その程度しか」


 オーガモスはツノ状の鋭敏な感覚器と黒褐色の背を持つ。

 暗い大地の上に重なると体色が溶け込んでしまい、判別が難しくなる。

 わたしは目をこらしたが、しっかり捕捉するのは無理だった。

 

 地上から投光器などで照らせばいいのだが、毎度それを期待することはできない。


「やっぱり駄目ね。これじゃ、とても槍を命中させられないわ」

 

 槍を外せば呪い返しを受けてしまう。

 規定通りの呪力量であれば死は免れるはずだが、操縦者は重いダメージを喰らう。

 そんな状態ではまともな空戦はできない。

 

 おまけに夜間でもある。単純な操作ミスもしやすくなり、事故を招く。

 無事に帰投できたとしても、受けた呪力が抜けるまでは再出撃できない。

 

 わたし達はこの問題の解決に取り組んでいた。

 

『イメージ増幅を行います。術式を起動、視覚に介入……』


 一瞬、眼球が薄皮で包まれたような違和感。

 数瞬で回復し、わたしの視力は大幅に強化された。

 

「イメージ増幅、良好。オーガモスを視認できたわ。昼間よりもはっきり見える位よ。ありがとう、フレイヤ」


『どういたしまして、中尉。攻撃対象はどう致しますか?」


「集団、前よりのオーガモス……こいつ。わかる?」わたしは一体の敵に視線を据えた。


『はい、クリアです。攻撃対象の生体炉を探査します』


 このサブラの機首には四本のひげのような探査装置が取り付けられている。

 離れた位置から魔力の流れを感知し、炉の位置を極めて正確に割り出せるのだ。

 これも試験中の特殊兵装だった。


『――探査完了。攻撃箇所を特定しました。ターゲットマーカーを表示』


 狙っているオーガモスにリング状のターゲットマーカーが付与された。

 もちろん、実際は空中にマーカーが生じたわけではない。

 わたしの視野にフレイヤがマーカーを合成しているだけだった。

 あとはあれを狙えばいい。


「ターゲットマーカー、確認。これより攻撃を開始する。降下(ダイブ)!」


 翼を翻し、わたしはサブラを急降下させた。

 まったく撃たれない。敵もこちらを捕捉できていないのだ。

 排気炎を隠す消炎カバーと外装に施された幻惑術紋の効果だろう。

 

 二重になったマーカー同士がぴったり合わさるように機体を操作し、フレイヤの指示をまつ。

 

「5、4、3、2、1、投擲っ!」

 

 放たれた呪槍は強烈に瘴気を吹き、急加速した。

 やっと察知したらしく、オーガモスは魔力障壁を展開。

 尖甲弾を撃ちつつ、増速した。

 

 槍をかわすつもりか。

 いや、向こうは狙いをずらすだけでも充分なのだ。

 

 生体炉に直撃しなければ、エネルギー不足で一体しか墜とせない。

 マガツはそれを知っているのだろう。

 

 だが、そうはさせない。

 

 わたしは瘴気の噴射方向を変え、槍の軌道を曲げた。

 ずれかけていたマーカーがまた重なり合う。

 

 命中。

 

 甲皮を貫いた呪槍は生体炉まで到達した。

 巨大な呪界が発生し、ほどなく大爆発を招来した。

 

 爆風に煽られる機体を制御し、安定を取り戻す。

 

『――爆発規模は想定通り。敵集団は全滅しました。成功です、中尉』

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― 新着の感想 ―
[一言] うん。見事な空戦の描写です。 ミリタリー好きと百合好きの両方が楽しめるとは・・・ ありがたやーありがたやー
[一言] 空戦カッケエエエエエエエ!!!!!!! ついこの間まであんなに百合百合していたのに!w ゴリゴリの空戦と甘々な百合の無限ループ!!w これぞなろう界の生ハムメロンッ!!(?)
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