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マユハの感触

 日没が迫る頃、面会時間は終わった。

 当然ながらマユハとチプスは帰ってしまった。

 

 経過確認の問診を受け、夕食をとる。

 まずくはないが、眩暈と吐き気のせいで食は進まなかった。

 呪いはまだわたしの体内に残留しているのだ。

 

 どうにか食べ終えると、許可をとって病院の裏庭に出た。

 ちょっとは身体を動かして、代謝を上げた方が回復にはいいはずだ。


「小一時間で施錠しますから、あまり遅くならないうちに戻ってくださいね」


 案内してくれた看護士に手を振り、散歩をはじめる。

 といっても、庭はさほど広くはない。申し訳程度の花壇と小道があるだけだ。

 まあ、それでもやらないよりはマシだろう。

 わたしはのんびり行くことにした。

 

 敷地を隔てる塀の向こうには林があり、梢越しに月が出ている。

 雲がほとんどなく、夜空は星々に彩られていた。

 

 マユハは綺麗で、かわいい娘だ。

 笑う時は心から笑ってくれるから、こっちまで嬉しくなる。

 ほっとして暖かい気持ちになれる。

 

 でも、ふだんは表情に乏しいところがあった。

 

 時々本心がわからない。

 嬉しいのか、悲しいのか、怒っているのか。

 彼女の感情が把握できない。

 

 わたしのことをどう思っているのか、わからない。

 

 指先で自分の唇にそっと触れた。

 マユハの感触はもう消えかけている。

 

 わたしは不安だった。

 

 退院したら軍務に復帰だ。

 わたしは現役の兵士だ。わたし達は一緒には暮らせない。

 サブラの操縦席ではそうじゃなかった。

 ずっとあそこにいればよかった、なんて――

 

「なに考えているの。馬鹿じゃないの、わたし……操縦席にでも住むつもり?」

 

 マユハはわたしの傍にいたいと言ってくれた。

 この後だって、少なくとも時々は会えるはずだし、嫌われてはいない。

 だけど、わたしが願うような関係になりたがっているかは、わからない。

 わたしと同じ気持ちかはわからない。

 身よりを失って保護者を求めているだけなのかも。

 

 キスはした、んだけど……。

 

 あの時は勢いがあった。

 女子はその場の雰囲気に流されやすいのだ。

 いや、まあ、少なくともわたしは。

 だけど本気ではある。わたしは。

 だから不安になってしまうのだ。わたしは。

 

 マユハがどうかは、わからないけど。

 

「ちょっと、ちょっと待って……待ってよ、もうっ! 変じゃない! なんでいきなりこうなるのよっ!? 突然すぎるじゃないっ!!」

 

 こらえ切れず、ひとしきりわめいてみる。

 少しだけ気分は収まったようだ。

 それでもまとわりつく不安は晴れてくれない。

 ただ、マユハに会いたかった。彼女の声を聴きたかった。

 恋愛ってこういうものなのだろうか。

 

 恋愛だって? 恋をしているのか、わたしは。戦争中なのに? 同性の子に?

 

 わたしは兵士だ。

 わたしは復讐に自分を使うと決めたはずだ。

 わたしがすべきことは、まず療養。そして空へ、戦場へ戻ること。

 わたしはやがて墜ちるだろう。

 もしかすると次の出撃で、そうなる。

 それでいい。それでよかったはずだ。

 

「もし……わたしが死んでも、マユハは平気かな……」

 

 またしても馬鹿なことを。平気に決まっているではないか。

 彼女の人生にロゼ・ボルドが登場したのは、ほんの数日前にすぎない。

 わたしがいようがいまいが、マユハの生活は続く。

 いなくなればなったで、わたしのことを忘れてしまうだけだ。

 忘れて生きていくだけだ。


 どうにか我慢していた、ため息が出てしまう。

 

「生き死にはともかく……そのうち他の誰かを見つけるかも知れないよね。

 あんなに綺麗なんだから、恋人だってすぐに……」

 

 自分でつぶやいて、ずんと落ち込む。

 マユハが他の誰かと――ああ、嫌だ。想像したくない。冗談じゃない。

 馬鹿じゃないの、わたし。本当に。

 キス一つで生涯の伴侶気取りなんて、滑稽だ。

 

 第一、マユハが女の子同士の恋愛を受け入れるだろうか。そんなつもりじゃなかったとか、気持ち悪いよ、なんて言われてしまったら、耐えられる自信がない。

 

 おびえが背筋を撫でる。怖かった。

 わたしは拒絶されることには慣れている。

 欲しいものは得られないのが、当たり前。


 だから平気なはず――なのに、どうしてこんなに怖いのか。


 こんな性格だったろうか。わたしはこんなに弱かったのか。

 呪槍を抱えて急降下(ダイブ)している時には、少しも怖くなかったのに。


 これも呪い返しを喰らったせいだと思いたい。

 心身に受けてしまったダメージからまだ回復していないから、こんな――

 

 突然、ばきばきっと枝の折れる音がして、わたしは飛び上がった。

 

 なにかが背後の植え込みに落下したらしい。

 って、これは――

 

「マ、マユハ!? ちょっと、なにしているのよ、君っ!!」


「うー、落ちた。木から」


 見たまんまだよね、それ。情報がなにも増えていないじゃない。

 いやいや、それどころじゃないぞ。

 ここは病院だが、同時に軍の施設でもあるのだ。

 どのような理由があろうと、不法侵入は許されないはずだ。

 

 他の人間にばれてしまう前に、早く――

 

 病院の窓が開き、先ほどの看護士がひょいと顔をのぞかせた。

 

「――ボルド中尉? いま、なにか音がしませんでした?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 完全に恋する乙女やんけ( ˘ω˘ ) 本当にありがとうございます。 明日が待ち遠しいです(充血)。
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