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 わたしが頭を下げると、チプスは恐縮してしまったようだ。


「とんでもない! 中尉のお陰で自分は……」


「もうそれは気にしないで。任務でもないのに大変だったでしょう。わたしもこんな有様だし、こちらの我儘を聞いてくれて、本当に助かったわ」


 マユハはわたしとの同行を希望し、タンブールへやって来た。

 彼女はもう村に帰るつもりはないそうだ。

 

 無理もない話だ。トノト村の住民はマガツに皆殺しにされたのだから。

 

 だから村に帰っても誰もいない。

 なじみ深い景色の中から、知っている人々は全員取り除かれてしまった。

 もうそんな場所には近寄りたくないというのが、本音だろう。

 

 先日行われたトノト村民の共同葬儀にさえも、マユハは参列を拒んだ。

 

 地域の行政官からは出席の要請が来ていたようだ。

 だが、わたしは彼女の選択を尊重すべきだと思った。

 きっと表面的な態度よりもマユハの心の傷は深いに違いない。

 思い出があればあるほど、つらくなってしまうはずだ。


 家族を含めて、故郷が全滅したことを受け入れるのはたやすいことではない。

 わたしはそれをよく知っていた。


 子供をあやすように、彼女の背を軽く叩いてやる。


「――んん?」


「なんでもないわ。マユハはここで暮らす……タンブールに定住する、でいいのよね?」


「うん。他に行くところもないし」


 タンブールには我が大隊の基地があり、わたしは敷地内の宿舎で寝泊まりしている。

 ただ、さすがに軍の施設にマユハを住まわせるわけにはいかない。

 

「いつまでも民宿じゃお金もかかるし、住むところを探さないとね」


「ロゼの傍がいい。ロゼと会いたいから」


「うーん、近くに民間人が住めるとこ、あったかなぁ……」


 マユハの希望は嬉しいが、なかなか難題なのだ。

 タンブールに限らず、飛翔軍基地の周囲は立ち入り禁止区域が設けられている。

 機密保持と住民の安全確保の為だった。

 

 確か隣接地帯も倉庫や工場などが多かった気がする。

 手軽に借りて住めるような場所があるだろうか。


「基地からあまり遠くない場所で手ごろな物件を探してみましょうか?」とチプス。


 わたしは慌てて手を振った。


「いやいや、いいわよ! 後はこっちで片付けるから」


「そうですか? 自分は構わないのですが……」


 チプスはむしろ残念そうだったが、これ以上甘えるわけにもいかない。

 バモンド大尉は思ったよりも話がわかる人のようだが、だからこそ公私混同はまずい。

 わたしがチプスを従者のように扱えば、いい顔はしないはずだ。

 

「部屋を決めるならどの道、本人が直接見ないとね。わたしが退院してから、一緒に探そうか」


 わたしがマユハに振ると、


「それがいい。一緒に探そう。冒険しよ、この街を」


 彼女はにこっと笑った。

 こうして穏やかに話している時は、なんの憂いもないようにさえ見える。

 

 でも、この娘の親しい人々はもう誰も残っていない。

 

 わたしと一緒だ。

 わたし達は似た者同士なのだと思えてならない。

 だから、マユハのことはわたしが助けなくてはならない。

 これはわたしの矮小な願望なのだろうか?

 

 彼女には、わたししかいなければいい――と、いうような。




   □




 すっかり喋り疲れてしまい、わたしはアルに文句を言った。


「ね、こんなに細々と昔話をして意味があるの?」


「わかりません。ただ、保安局はあなたの過去を調べ上げています。バモンド少将があなたを擁護する為には、彼ら以上に当時の状況を知らなければならないのです」

 

「わざわざそんなこと、しなくてもいいわ。わたしが直接、王都に出向いて釈明すればいいもの」


 国家保安局がなにを問題視しているのかはわからない。

 どれだけ情報共有をしたところで、予想外の瑕疵を突かれるかも知れなかった。

 

 しかし、わたしは自分が過去にしたことを誤魔化す気はない。

 

 もちろん、少なからず悔いはある。

 振り返ればもっと上手くやる方法はあったのだろう。

 だが、わたしに他の道を選べたとも思えなかった。

 

 わたしは器用な性格ではないのだ。結局のところ、ロゼ・ボルドはあれをするしかなかった。

 

 事実を知られて反逆者扱いされるなら、それはもう仕方のないことだ。

 わたしは黙って処理なんてされてやらない。

 どうせなら王都の保安局にこちらから乗り込み、堂々と対決してやる。


 悪くない考えだと思ったのだが、アルは賛同しなかった。


「保安局が一番恐れていることは、ことが表沙汰になることです。あなたが動けば、その時点で暗殺されてしまいます。そんな危険は冒せません」


「だって、ここはまだ監視されていないんでしょ?」


「自分が近辺を見た限りは、です。王都に入るまでには検問もある。彼らは神経を尖らせているはずです。到着まで気づかれないとは思えません」


 遠方から監視されている可能性はあるわけか。

 反論する機会さえ与えてもらえないなら、確かに動いても意味がない。

 ただの自殺行為になってしまう。


「うーん、困ったわね。それなら、どうするの?」


「やはり、バモンド少将の庇護に頼るのが一番いい。その為にはまず、自分が詳しい情報を知る必要があるのです」


 彼の言葉には説得力があった。

 それでもプライベートを深く話すのはやはり抵抗があった。

 

「……あの娘のことも?」


「ええ、マユハ・ノボリリのこともです」


 アルは譲るつもりはないらしい。


「個人的な事情を聞くのは心苦しいのですが、可能な限り詳しくお話頂きたいのです。誰と会い、なにを話し、どう考え、行動したのか。すべて話してください。すべてをです」

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― 新着の感想 ―
[一言] >彼女には、わたししかいなければいい――と、いうような。 おっと、共依存的な……? いいですねえ、共依存! 百合と共依存の親和性は高いと、古事記にも書いてありましたからね!
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