容疑
わたしは笑おうとしたが、上手くできなかった。
規定違反はたくさんしたが、これはそんな話ではないだろう。
国家保安局は国の安全保障を揺るがすレベルの重大な犯罪だけを取り締まる。
権限は大きく、実態を知る者は少ない役所だった。
「公式にはなんの容疑もありません。あなたは英雄だ。誰もが知る、人類の救世主です。
みんな、あなたに借りがある。そのあなたが投獄でもされたら、反乱が起きかねません」
つらそうな顔で言われても、少しも喜べない。
「そんなのおかしいわ。もしわたしの罪が明白なら、かばう人はいないでしょう」
「ロゼが公衆の面前で罪を告白したとしても、強要されたのだと考える者が必ず出ます。
我々は共和制に移行してからまだ日が浅い。政権は揺らぎ、国内に大きな混乱が生じるでしょう。
北伐を控えたこの時期に、政治的騒乱など許容できません」
「だから、表ざたにできない……?」
「はい。容疑があること自体、保安局でも極一部の者しか知りません。
彼らは問題が大きすぎて、対応の先送りはできないと判断したようです。
しかし、本格的に捜査を開始すれば容疑が外部に露見する。
そこで……」
言いよどむ彼に私は助け船を出した。
「怪しいものは怪しいまま、闇へ葬りさった方がいいってことね」
アルは目を伏せた。
「保安局の作戦課には少人数の秘密処理隊がいます。恐らく彼らを動かすつもりでしょう」
わたしは天を仰いだ。処理ときたか。
こんな僻地に住んでいるのだ。
いつ、どんな死に方をしても誰にもわからない。
わたしが健康を損ねていることは、何人もが知っている。
急死しても疑う者はいないだろう。
いや、いたところでもうどうしようもない。
容疑がなんであれ、せめてちゃんと調べてから殺して欲しいものだ。
臭いものに蓋、みたいな雑なやり方で命を取られたくはない。
「もしかして、ここはもう見張られているの?」
「いえ、自分はここへ来る前に周囲の様子を調べました。
何度か偵察には来たようですが、まだ継続的な監視はされていません」
「そう。少しは時間の猶予はありそうだけど……困ったわね。
どこかのお偉いさんに嫌われたかしら?」
眉間に皺をよせ、アルはかぶりを振った。
「政治的な利得狙いなら、喧伝できる容疑じゃないと意味がありません」
「まあ、そうよね。わたしがいなくなって得られる権益があるわけでもないし……」
「一方で、軍内にはあなたのシンパは大勢います。生半な覚悟で手を出せる相手ではないはずだ」
確かにそうだろう。
退役はしたが、別段軍との関係を断ったわけではない。
ここで生活する為に必要な物資は、軍時代のコネを使って調達しているのだ。
わたしが本格的に害されるとなれば、助けてくれる者はいそうだ。
現にアルは駆けつけてくれたではないか。
「すると残るは怨恨の線かしらね。わたしにどうしても復讐したい、とか」
「あなたは――」
「わたしは恨まれる覚えはあるわ。秘匿情報がもれていたらの話だけど」
彼の表情は情報漏えいの可能性があることを示唆していた。
人の口に戸は立てられない、という奴か。
もしそうなら、潜在的な容疑者の数は膨大なものになるだろう。
わたしは大勢の人々から恨まれて当然のことをした。
一般には伏せられているが、わたしのせいで失われた命は数えきれない。
作戦上の必要性……では、納得できない者もいるだろう。
「確認したいわ。アル、あなたは自分の判断でここへ来たの?」
「残念ですが、違います。飛翔軍総監バモンド少将からの密命で派遣されました」
バモンド少将か。
多大な戦死者が出たこともあり、生き残った者達はみな出世したが、彼はその筆頭だろう。
わたしはあまりできのよい部下ではなかったはずだ。
少尉の頃はもちろん、その後も少将には迷惑をかけ続けてしまった。
彼がまだわたしを気にかけてくれているなら、ありがたい話だ。
「バモンド少将はどこからのどんな情報で保安局が動き出したのかを首都で調べています。
なかなか難航しているようですが……」
「とりあえず状況は飲み込めたわ。それで、わたしには一体何の容疑がかけられているの?」
アルは居住まいを正すと、告げた。
「反逆罪です。国家保安局はあなたが我が国――
いえ、人類全てに対しての裏切り行為を働いたと考えているのです」




