絶滅戦争
ところが、やがてマガツの新種が次々と現れた。
次第に甲皮は頑丈になり、装甲を貫く尖甲弾や炸裂弾を射出するタイプまで登場した。
猪鬼種達は苦戦し、最後の遠征では潰走の憂き目にあう。
一連の出来事により、マガツの女王は人類を滅ぼすべき敵であると認識したらしい。
空と大地が黒に染まるほどの大群を成し、マガツは積極的な攻勢に出た。
もはや抗すべくもなく、連合軍の諸国家は滅亡した。
南方大陸を全面的に制圧した後も侵攻は止まらなかった。
戦火は他の大陸にも拡大し、最後には人類勢力全てが参戦。
互いの生存を賭けた絶滅戦争に変貌してしまったのだ。
以来、マガツと人類はまさに血みどろの殺し合いを続けた。
人類側が新兵器を投入すると、必ず拮抗する能力を持つ新種のマガツが現れた。
あとは数の勝負になってしまう。
多数の国家が滅び、おびただしい数の人々が死んだ。
世界に五つある大陸のうち、四つまでがマガツの手に落ちてしまった。
かろうじて残ったのはここ――ロアン大陸のみだった。
「それにしたって、どうせならどこかの基地を探るとか……」
「マガツは人類についての広範な知識を得ようとしていました。
軍事や技術関係よりも人の感情、心の機微といった部分に強い興味を示していたようです」
「そんなあいまいなもの、人間同士でも間違えるじゃない! よけいに謎だわ」
「ええ。ですが、感情を知りたがった理由はちゃんとあるはずです。
マガツは多大な犠牲を払ってまで、人の心を理解しようとしていた。
自分はその理由を明らかにしたいと思っています」
やっぱり、アルは真面目だなぁ。
明らかにしたところでもう実利はないのに。
「うーん、今となってはどうでもいいと思うけど……」
「ずいぶん気のない反応ですね」困ったようにアルがとがめる。
おっと、しまった。
現役将校としては捨て置けない態度だったかな。
「あー、ごめんね。
わたし的にはもう過去の話なの。戦争が終わった後まであれこれ考えたくないのよ」
戦争で最後に勝利したのは人類だった。
人類はマガツを殺し尽くしたのだ。まさに最後の一体まで。
「実は、またきな臭くなっているんです」
「ええっ? ちょっと、まさか……」
「いえ、もちろん相手はマガツではありません。北方巨人族です」
「ああ……」
北方巨人族は古巨人種の最後の生き残りだ。
ロアン大陸の北端を支配地としているが、総数でも数万人しかいない。
名前の通り最大10mに達する体高と恐るべき膂力が特徴だ。
異常な打たれ強さと回復力を持ち、桁外れに強力な攻撃魔術を行使する。
マガツとの戦いでは、人類連合の一翼を担った。
地上戦、特に防衛戦では無類の強さを発揮し、火消し役として大いに活躍したものだ。
だが慣習は独特であり、1人あたり広大な支配領域を必要とする。
汎人種とは基本的な価値観にも相違点が多く、意思疎通が難しい相手でもあった。
「性格の不一致って奴かしらね。アルも征くの?」
呪槍であれば、北方巨人族をも殺せるだろう。
また飛翔槍兵が総動員されることは間違いなかった。
「ええ、新設の大隊を任されることになりました」
「大隊指揮官か……中佐だものね。おめでとう!」
祝福の言葉を投げつつ、わたしは複雑な気持ちになった。
史上最悪の大災厄となった絶滅戦争の終わりから、4年ほどしかたっていない。
なのに、もう次の殺し合いがはじまろうとしているとは。
結局のところ、我々は戦争が大好きなのかも知れない。
「ところで――そろそろ教えて欲しいわ。あなたは、本当はなにをしにここへ来たの?」
わたしはアルの目をじっと見つめた。
彼の表情がこわばっていく。
「開戦はまだ先としても、あなたはとても忙しいはずよ」
「たまたま休暇が取れたものですから。ロゼの顔を見たくなって」
彼にしてはお粗末な嘘だ。
そんな理由で来訪するには、この館は遠すぎる。
「ここに乗って来た機走車は軍用よね? 認識標記からして、払下げじゃない。
つまりアルは公務でここに来た。少なくとも、公務と関わりがあるなにかの為に」
「准将――」
「その呼び方は、やめて頂戴」
突然、アルは疲れ切った様子になった。
まるで瞬きする間にいくつも歳を取ってしまったようだ。
「自分がここに来たのは、ロゼの潔白を証明する為です」
「……潔白?」思わず聞き返す。
「はい。国家保安局があなたについての内偵を進めているんです」
「おやおや。わたしになにか重大な容疑でもかかっているわけ?」