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エンジョイ

 天蓋が降りて来て、ぴったり閉じる。

 頭がつかえ、少女はわたしにのしかかった。

 彼女は小柄だが、やっぱり二人で乗るのは無理があるのだ。

 ものすごく狭苦しい。

 

「……げきせま」少女がつぶやく。


「だから言ったじゃない。1人乗りだって」


「でも、一緒に入れた」


「まあね」


「よかった」


「そうね」我知らず、苦笑が浮かぶ。

 

 天蓋の外では戦闘が継続中だ。

 機関砲が吠え、発動機のうなりが地上を圧する。

 一発必中は見込めない為、機関砲の弾は術弾ではなく、通常弾を使う。

 それでも直撃すれば、パラライズワームなど紙切れ同然だ。

 沼地の上では隠れる場所もない。

 

 炎に焼かれ、空から撃たれる蟲達の運命はすでに決していた。

 

 アグリラムはせっせと後始末中をしている。

 操縦者が誰だかは知らないが、もう後は任せてしまってもいいだろう。

 わたしだって、がんばった――かなりがんばったのだから。

 

 思った途端、ぐったりと脱力してしまった。張り詰めていた糸が切れたのだ。

 

 呪い返しで身体の調子はめちゃくちゃだ。

 説教を喰らった後、病院送りになるのは間違いない。

 おまけに泥まみれで、全身なんだか臭う。

 だけど、とにかく命はある。

 わたし達、2人ともだ。助かったのだ。

 

「仕事はおしまい?」少女が聞く。


「えっ?」


「残っていた仕事。あなたの」


「ああ……ええ、終わったわ。もう仕事はすんだ」


「じゃあ、いまからお休みだね。レッツエンジョイ」

 

 わたしはぽかんとした。

 まず一体なにをエンジョイすればいいのか謎である。

 だが、それよりもなによりも。

 

 彼女は――極上の笑顔を浮かべていたのだ。

 可憐で控えめな、でも目が離せなくなるような微笑み。

 これにまさる驚きはなかった。

 

「エ、エンジョイって……ここで?」


「どこでもお休みはお休み。エンジョイは可能だよ」


「強引じゃない? 例えば、何をエンジョイするの?」


「んー? わたし」


「君を? 独り占めってわけね。そうね、悪くないかな」


「そう、相互独占契約。悪くない」にんまりする少女。

 

 彼女のかわいらしさにつられ、わたしは吹き出してしまった。

 確かにこれは悪くない。

 わたし達はおでこをくっつけて、くすくすと笑った。

 

 本当に、心からほっとした。

 この娘が生きていることがただ嬉しくて、暖かい気持ちで満たされた。


「君が無事でよかった」


「うん。あなたも」

 

 

 突然に、戦争と死が世界から遠ざかって行く。

 

 

 心の最奥には、堆積した澱のような恨みがある。

 もうこれはわたしの重要な一部だ。

 命がある限り、振り払うことはできないだろう。

 

 でも、この場所にはわたし達しかいない。怨念の出る幕なんて、どこにもない。

 

 他のすべては硬い天蓋に阻まれている。

 焼夷弾の炎すらここには届かない。

 まあ、正直狭すぎる。とてもじゃないが、過ごしやすいとは言えない。

 けど、もう少しここにいたい。



――どうして、そう思うノ?



 それは彼女の重さとぬくもりが――嬉しかったから。

 彼女と離れたくないからだ。

 我ながら変な話だ。

 嬉しかった? 死にかけたのに? 会ったばかりの娘と離れたくない?

 馬鹿げている。

 理屈と感情がまるで噛み合ってないじゃないか。

 

 わたし達の距離はこれ以上ないほどに近い。

 だけど物足りない。もっと彼女を感じたかった。

 

 許されるラインはどこだろう。もうここが限界? もっと、さらに踏み込んでもいいのだろうか。

 

 ちょっと待って。なに考えているの。

 さすがにおかしいでしょ。

 わたし、変だ。疲れすぎているのかな。

 いや、違う。そうじゃない。

 

 変なのは――()()()()だ。

 

 少し、苦しそうな息遣いをして。

 恐れるように静かに掌を合わせ、指を絡ませて。

 紅潮した頬を寄せ合って。

 

 わたし達はおずおずと見つめ合い、心を手探りしていた。

 

 息がかかり、鼻先がくっつく程の至近距離。

 これなら互いの瞳にあるものを読み誤ることはない、はずだ。

 だからきっとわたしは間違えてはいない。

 

 それでも、とても信じられなかった。なぜ、なんだろう。

 

 昨日まで彼女が存在していることさえ、知らなかった。

 命の危機を一緒に乗り切ったから? だから勘違いしている?

 聞き覚えのある話だ。

 

 人間は極限の緊張と恋愛感情を、取り違えてしまう場合があるらしい。

 

 それなら一時的なものだ。

 すぐに覚める、ただの勘違いのはずだ。

 

 でもこれは違う――もっともっと、根深いところからわき出ている気持ちだった。

 

 ねぇ、待ってよ。

 わたし達、まだ互いの名前も知らない。

 いくらなんでも突然すぎる。

 

 わたしは飛翔機で戦い、やがて死ぬ。

 

 長いことそれしか考えていなかったのだ。

 だからこの気持ちに自信がなかった。

 はっきりした言葉で想いを吐露するのは、怖かった。

 驚くほどに緊張していた。

 

「わたし、間違えていないかな?」かすれ声でわたしは聞いた。


「認識は正しい……と思う」少女はささやき返す。

 

 どうして、なんて知らない。わからない。

 だけど彼女はわたしと同じ気持ちになっている。確かにそうらしい。



 わたし達は求め合っているのだ。


 

 なら、それでいい。

 もう衝動を堪える理由はなかった。

 

 わたしは彼女と初めての口づけを交わした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ฅξ˚⊿˚)ξฅ ゆりー!……にゃー。
[一言] あら^~いいですわゾ^~これ。 キマシタワー!!!!!!!!
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