呪い返し
わたしは群れの中心にいる奴を狙った。
残弾で可能な限り多くを殺し、その後は銃剣の出番だ。
剣に回数制限ははないから何度でも突き刺せる。
しかし、多勢に無勢なのは明らかだった。
1体を突く間に、数体がわたしに襲い掛かるだろう。とてもじゃないが、防げない。
守りは捨てよう。こちらから突っ込んで敵の連携を乱すのだ。
それでも自分が切り裂かれてしまう前に、どれだけの蟲共を倒せるかはわからない。
だから何だ。
あの娘が生き残る確率を少しでも上げるのだ!
わたしは戦意をかきたてた。
これはなかなかやりがいのあるチャレンジだった。
ところがパラライズワーム達は足を止めると、散開した。
撃たれた仲間の呪界に巻きこまれないよう、お互いの間隔を空けたのだ。
蟲達はギィギィと威嚇しつつ、こちらへにじり寄る。
これじゃ、1発につき1匹しか殺せない。
もっと大きな呪界が必要だ。そうすれば一度に数体を巻きこめる。
パラライズワームの生体炉はごく小さい。
大きな呪界を作るなら、弾に大量の呪力を注ぐしかない。
ゆらり、と銃身にかげろうが立つほどの呪力を込める。
またしても安全規定違反だ。
ばれたら営倉送りだろうか?
まあ、もうどうでもいいことだ。
撃つ――ところがその瞬間、狙ったパラライズワームはぱっと跳ねた。
奴の後ろで小さな泥の柱が上がる。外れた!
たったあれだけの射撃で、連中はわたしが発砲するタイミングを覚えたのだ。
くそっ、なんてこと。地上で我々が苦戦するはずだ。
慌ててボルトを引こうとした時――呪い返しが来た。
突如、黒い霧のような瘴気がわたしの周囲を覆った。
ひんやりした舌に身体を舐められたような悪寒に、肌が粟立つ。
筋肉が硬直し、心臓がぎゅっと圧縮され――身体がずっしりと重くなった。
まるで体重が数十倍になったようだ。
ちかちかと目がくらむ。
強烈な吐き気とめまいが襲いかかる。
死……死ね……死ね死ね死ね死ね――死ねっ!!
強烈な怨念を含む言霊が頭に鳴り響く。もとはといえば、わたしが放った呪詛だ。
意思を塗り潰し、肉体に死を強制する呪言に必死で抵抗する。
「がはっ!」
こらえ切れずに嘔吐し、わたしは泥の中に崩れ落ちた。
周囲がぐるぐるとまわっている。わたしは完全に見当識を失っていた。
次第に近くなる蟲どもの鳴き声と、冷たい泥の感触。
他にはもう、なにもわからない。
呪いが潰えるとこうなる。
放った呪力のすべてが返るわけではないが、それでもこの有様だ。
だからこそ、込めていい呪力量には制限があるのだ。
これは安全規定を無視した、当然の報いだった。
どうせなら、空で死にたかったな――
空を飛ぶのは好きだった。
飛翔機は兵器だけれど、それだけではなかった。
飛ぶことだけを感じ、すべてを忘れる瞬間をくれた。
魂が重力を振り切って、解放される気がした。
復讐を忘れる瞬間をくれた。
もしかしたら、これはその罰なのかも知れない。
呪い返しのダメージは深刻だった。
もはや前後も左右もわからない。
おかしな具合に服が引きつれている感じがする。
何故か身体を上に引かれているような感じもする。
まあ、気のせいだろう。
わたしの五感はまともに働いてないのだ。
「ううう……おお、もぉ、いぃぃぃ」
妙なうめき声が聞こえ、わたしは瞼をしばたいた。
ぼんやりした視界。
本当に――引かれている? 襟首をつかまれている?
上方をのぞき見る。
「ちょ……なに、してるのっ!」
真っ赤な顔をした少女がそこにいた。
わたしの襟首を両手でつかみ、操縦席の縁に足をかけて全力でふんばっている。
彼女はわたしを操縦席の中へ引っ張り上げようとしているのだ。
わたしはがく然とした。
なんでこの娘はまだ天蓋を閉めていないのだ!? ちゃんと教えたではないか。
いや、それどころではない!
「馬鹿、やめなさい! わたしは……」
「だい、じょお、ぶぅぅぅぅっ!」
声を震わせながら、少女はゆっくりと後ろへ倒れていく。
襟首をしっかりつかみ、身体全体を弓のようにしならせている。
どうしてもわたしを引き上げるつもりなのだろう。
だけど、そんなことをしている時間はない。
蟲どもはいまにもわたし達を引き裂こうとしているのに!
次に起こることを、わたしは完全に読み誤った。
閃光、轟音、衝撃。吹きつけられる強く熱い突風。
身体が浮き上がり、ついで腰と背中が打ちつけられる。
気がつくと、わたしは操縦席に収まっていた。
なにが起きた?
耳を聾する音と爆発。凄まじい火焔が沼地に広がる。
油脂焼夷弾だ。この炎は1000℃に達し、水で消すことはできない。
逃げ惑う蟲達を銃撃が押し包む。
見上げた空を舞う、飛翔機のシルエット。
まだ目がかすんでいて判別が難しいが、サブラではない。
旧式の攻撃機“アグリラム”のようだ。
「うー、落ちた」
泥まみれの少女が操縦席へ登ってきた。
どうやら爆風に押され、機体の反対側へ落下したらしい。
登って来たものの、やはり1人乗りの機体に空きスペースなどない。
少女はわたしの膝の上に乗り、対面する形になった。