払暁の光
搭乗モジュールはふらつき、きしみながらもどうにか飛んでいた。
「はあっ、はあっ、はあ……っ」
施術を解き、わたしはマユハにもたれかかった。
力が入らない。ふらつく身体を支えられない。
下手にこらえれば、ぼろぼろの枯れ枝のように砕けてしまいそうな気がした。
「――まずい。翼が保たない。もうすぐ折れてしまう……!」
フレイの口調は切迫していた。
彼はいまだに搭乗モジュールと知覚連結している。
機体状況は自分の身体のように把握しているはずだ。
現在の高度は3000mほど。
折り畳み翼を失えば、墜落死するしかない。
「じゃあ、逃げよ。ここ、開けて」
頭上にある搭乗口の蓋をマユハは叩く。
フレイは首を振り、
「飛びながらそこから出るのは無理だ! 外装を強制的に切り離す仕掛けはあるけど……」
「じゃあ、それ。みんなで一緒に出たいし」
「いやいや、空中で使ったらバランスを崩してすぐ墜ちるよ!」
「ジャンプすれば平気。ぴょーんって」
「それじゃ、どの道墜ちるだろっ!?」
「怖い? 手をにぎってあげる」
「いや、そういう――」
「フレイ、マユハの、言う通りに……大丈夫、だから……っ!!」
わたしはこの先の展開を知っている。
淡々と話しているが、マユハもぎりぎりの状態だ。
言い争いをしている暇などない。
「き、君には見えているんだな!? ……ええい、わかったよっ!!」
フレイは胸元に刺さっていたピンを抜く。
頑丈な飛翔服が手品のようにばらけ、簡単に脱ぎ捨てられるようになった。緊急用の仕掛けだ。
同じようにして、マユハはわたしの飛翔服を解く。
「やるぞ、いいかっ!!」
わたしはうなずいた。もう話すのがつらい。
操縦席の奥に手を突っ込み、フレイはレバーを引いた。
があんっ、と爆発音。
搭乗モジュールの天井部分がゆっくり後逸し、バラバラになった。
最初に目に映ったのは、ほのかに瞬く星々を散らした藍色の空。こちらはこれから夜明けなのだ。
逆巻く風は凍えそうに冷たい。
振り返ると、物凄い大きさの雲があった。
ピースメイカーによって引き起こされた爆発の煙だろう。
機体がぐらりと傾く。
「くっ、だめだ、もう――」
「じゃ、行こ」
マユハがフレイの手をつかむのと、搭乗モジュールの翼が折れたのは、ほぼ同時だった。
わたし達は一塊になって空中へ飛び出していた。
「うわああああああーっ!! ちょ、これ、だ、大丈夫なのかぁっ!?」
「うるさい」
「いや、でも、これ、うはああああーーっ!?」
わたし達はただ落下していた。
マユハはわたしを胸にしっかりと抱え、フレイの手首を握っている。
風鳴りがすごく、フレイのわめき声もよく聞こえない。
代わりに遠雷のような重苦しい轟きが耳に届く。
これは実際の音ではない。
原初領域から伝わってくる重圧を音として認識しているらしい。
圧倒的な力の奔流がこちらへ迫っているのだ。
到達した時、なにもかもが終わる。
わたしはひとまず意識を現実世界へ戻した。夜明けだ。
払暁の光が差し、地表の様子は次第にはっきりしてきた。
緑と茶色の広大な草原を縫って、大河が流れているようだ。
人影も人造物も見当たらない。
ここにいる人類は、わたし達だけなのだ。
ガメリア大陸は長らくマガツ支配下にあった。
大半の生物は奴らの資源として根こそぎ狩られている。
感慨を抱く暇はほとんどなかった。
みるみるうちに地上が近づき――ばんっ、と音がして急減速した。
「――っ!!」
一瞬息が詰まる。
落下の速度が緩やかになった。マユハが翼を広げたのだ。
「マ、マガツ細胞……っ!?」
「けっこう、便利」
マユハの背中から4枚の翼が伸びていた。
差し渡し5mはあるだろうか。鳥よりも蝙蝠の羽に近い。
皮膜は薄く、風をはらんで膨れていた。
「な、なるほど。だけど……」
フレイは言葉をにごす。
わかっている。マガツ細胞が大幅に増殖しないと、こんな真似はできない。
風で冷やされているのに、マユハの身体は恐ろしく熱かった。
彼女の命は燃え尽きようとしているのだ。
「うわっ!?」またしても悲鳴を上げるフレイ。
猛烈な突風にあおられ、わたし達は横転してしまったのだ。
あっという間に高度が落ちたが、マユハはなんとか体勢を立て直した。
フレイはため息をつく。
「あ、危なかった……あのまま墜ちるかと思ったよ」
「――重い。もうだめ」
「えっ?」
「ばいばい」
なんの躊躇もなく、マユハはフレイの手を離した。
「えええええーっ!?」




