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いいコンビ

 再会の感激を味わう暇などマガツは与えてくれないようだ。

 敵に押し包まれた形で自爆されると機体を回転させても意味がない。

 搭乗モジュールはいずれかの破片にやられるだろう。

 

 わたしはふたたび可動翼を展開し、思い切って高度を落とす。

 よし、舵が効くようになった!

 ピースメイカーは滑るような動きで転針。

 アトールの一体に急速に迫り、衝突寸前で上方へ逃れる。

 

 マガツ達は次々と自爆した。破片が機体に命中し、嫌な音が響く。

 

 だが一斉自爆のタイミングをずらされたせいで、搭乗モジュールは無事だった。

 可動翼には幾つか喰らってしまったが、とりあえず支障はない。

 

「わお、ぎりぎりだったわね!」


「ですが、やってのけました! この調子で行きましょう。次、来ます!」


 さらに波状攻撃は続く。

 だが、すべてかわす自信があった。

 フレイヤはいつだって適切な情報と指示をくれる。

 だから問題はない。


「こんな時にどうかと思うけど……君への信頼を取り戻せて嬉しいわ!」


「ありがとうございます。ですが私はいわば複製品、それも処理の軽さだけが売りの簡易版ですよ」


「それでもよ。わたしは君を頼りにしていたの。わたし達はずっといいコンビだった。そうでしょ?」


「ええ――そうでしたね。私も中佐ともう一度飛べてよかった」


 恐らくはこれが最後の機会だった。

 どのような形であれ、戦争はまもなく終わるのだ。

 

 最後の自爆をかわし、わたしは息をついた。

 もう、探知範囲内にマガツはいない。

 成層圏のさらに上まで物体を到達させるには莫大なコストがかかる。

 さすがにこれ以上、敵はいないだろう。

 

「だいぶ予定のコースからずれたわね。このまま攻撃目標へ到達できる?」


「はい、大丈夫です。もしできなくなるようでしたら、途中で止めてますよ」


「まあ、そりゃそうね」


「そうですとも。こう見えて私の演算能力はちょっとしたものなんですから!」


 わたし達は顔を見合わせ、笑い合った。

 実際はフレイの顔は前を向いたままだし、声に出して笑ったわけではない。

 ただ、そんな気がしただけだ。


「間もなく最後の跳躍を行ないます。ここで方位を修正して、降下角度も微調整すれば――」


 切迫した口調でマユハが割って入った。


「待って、ロゼ……っ! な、なにか、おかしい、よ……」


 見れば、マユハは蒼白になっていた。

 服の隙間からのぞく首筋から頬にかけて、血管が異様に浮き出ている。


「マユハっ!? どうしたの、君――」


 回避機動の負荷が重すぎた?

 いや、そんなはずはない。

 この娘はマガツ細胞で身体を強化されているのだ。

 

 だから――だから、こうなっている……?

 

「マガツ細胞に侵食されているの!?」


 今頃気づくなんて、なんて間抜けなんだ。

 マユハはマガツと敵対する道を選び、呪力の供給源となっている。

 わたしとファウンダーの交渉も決裂した。

 

 裏切り者の処罰をためらう理由がないじゃないか!

 

 ファウンダーはマガツ細胞を暴走させ、マユハを内側から喰い殺すつもりなのでは――


「わたしのことは、いいからっ!!」


 いいわけがない。君は己を省みない言動が多すぎる。

 だがマユハの切羽詰まった叫びは、わたしの反駁を飲みこんでしまった。


「おかしいよ、女王が……わ、笑っているの」


「――なんですって?」


「笑っているんだよ、安心したみたいにっ!!」


 マユハの様子は尋常ではない。


「まさか、ファウンダーが本営にいないとか……!?」


「違う。ちゃんと巣にいる。いるのを感じる」


 なにかを探すことに関して、マユハが間違える可能性はほぼない。

 こちらの狙い通り、ファウンダーは本営にいる。

 迎撃の戦力もつき、もはやピースメイカーを阻む術はないはずだ。

 

 では、なぜ笑っているのだ?

 

 マガツは自爆攻撃を多用し、無茶な戦力投入を続けている。

 だがそれはあくまで戦争に勝つ為だ。

 特別な存在である女王(ファウンダー)が塵に敗北してはならないからだ。

 

 なのに、なぜ?

 

「フレイヤ、君の見解は?」


「ええっ!? もう、ボルド中佐は相変わらずですね……」


 無茶振りはわかっているが、時間がない。

 もう間もなく最後の跳躍だ。なにを変更するなら、この機会しかない。


「わかりませんが、ある種の達観に至ったのかも知れません。勝利してもマガツが種として存続するのは難しいはず。いずれにしても遠からず滅びるのですから……」


 あり得るだろうか?

 迷っている間にもピースメイカーは高度を下げている。

 余計なことは考えず、さっさとファウンダーを片付けるべきなのか。

 

 焦りばかりがつのり、わたしは判断を下せなかった。

 

 出来事の危ういつながりによって因果の連鎖は成り立っている。

 どこかで間違えれば連鎖は途切れる。

 わたしの願いはかなわなくなってしまう。


「中佐、とにかく跳躍に備えてください。タイミングを逃せば、本営まで到達できなくなります!」


 フレイヤの警告。

 最後の跳躍まで十秒もない。


「……違う」


 わたしは言葉を絞り出した。


「違うわ、あり得ない。人類を滅ぼす前にマガツが滅ぶことを許容すれば、己の特別さを否定することになる……っ!!」


 敗北を受け入れる位なら、世界ごと滅んだ方がいい。

 ファウンダーはそのように考え、行動してきたはずだ。

 今さら変えるのはおかしい。


「跳躍まであと五秒、四、三――」


 なぜだ?

 笑う理由は? どんな時に笑うだろうか。

 成功、喜び、期待、他になにが――



 どうしてあの時笑ったの、お母さん。



 かき乱された心の水面から浮上した記憶。

 ロゼ・ボルドの根源。道しるべとなったもの。

 

 わたしはやっとそれを理解した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 笑いは今の段階ではいろいろな解釈ができます。さて。
[一言] 100話おめでとうございます! そして気になる引きいいいい!!! その笑いにどんな意味が!?!?
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