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瞑々に唄え  作者: 卯ノ花 腐
レピドライトは溺れない
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第二話 花時雨は魔女による 二

 現代の人間社会の中には階級という目に見えない確固とした存在がある。カースト、といえば誰もが一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。


 親、顔、成績、才能と幾重もの材料から判断され、格付けされる。判定員は世間というあやふやな、けれど確かに大きく存在するものだ。




「人は見た目だけじゃない」という()()()から入る前提の世界での言葉は、実に人の矛盾を体現していてそればかりは好感が持てた。



 カーストというもので、頂点に立つ存在。


 眉目秀麗、完璧、絶世という日常では頻繁に使うことが無い単語が、おいそれと彼女を形容する。親が大企業の社長をしているらしい。吐き気を催すが、身体を売っているという噂も――。


 色素の薄い黒髪は陽に照らされると、まるで銀の絹糸の様に妖しく艶めく。髪と共に煌めく小ぶりな黒いピアスも似合っていた。

 体格はどちらかというと細身で身長は平均ぐらいだろうか。全体としてか弱さを感じられるが、凛々しく研ぎ澄まされた瞳は生い茂る黒い睫毛の向こう側から相手を鋭く捕らえる。



 そんな、どこか人を寄せ付けない鋭さがあったが、それでも周りに人は蔓延っていた。


 クラスで目にした印象はざっとそんな所。関わりのない人間で関わることのできない人。勿論そんな彼女とまともに会話を交わした覚えは無い。

 





 足音すら、雨にかき消される。口の中に入ってきた水を吐き出しても、同じようにまた口に入り込む。益体のない行為。


 氷川は雨に曝されることを受け入れている様だった。いや、そもそもそんな事すらどうでもよくなっているように思える。自暴自棄一歩手前の様な、()()()()()()というのだろうか。


 教室で見た、あの銀黒色の髪。仏頂面ではあるものの、彼女は決して冷酷なわけではなかった。



 見た目通り冷酷な人間ならば、あの時俺に声をかけてはくれなかっただろう。



『どうしたの!? もしかして体調悪いの!!』




 もう一度言おう。彼女と言葉を交わした覚えは無い。


 ――だってあの時の俺は、うんとも寸ともいわず逃げたのだから。



 カビ臭い倉庫で見た薄暗い氷川の表情は、強く記憶に刻まれていた。


 体調が悪くなかったのだと知った安堵、心配をした相手に無視をされた不快、羞恥。突然立ち去った困惑。様々な色を混ぜてできた、濁った赤色をした顔だった。



 俺だって「ありがとう」の一言でも言いたかったが、あそこで俺が話し込んでいると、クラスの奴らが俺と氷川を見つける。


 体育館の薄暗い倉庫で二人きり。考えなくても分かるその先の展開が、瞬時に脳裏に描かれた。これでは誰も救われないじゃあないか――。






 幸か不幸か公園のすぐ横、雑居ビルの二階にあるカフェは俺のバイト先だ。


 店の入り口と氷川を交互に見て、小さく息を吐き、肺と勇気を膨らます様に酸素を吸い込む。意を決して、雨に曝されぬかるんだ地を強く蹴った。


 



――――







【olivier odorantーオリヴィエ オドランー】


 俺の働くカフェの名前で、美味いケーキとコーヒーが楽しめる店であることは保証できる。


 雑居ビルの横に備え付けられている薄暗くなった階段を上がり、二階にたどり着くとすぐ目の前に古ぼけたスチールの扉が目に入る。灰色とも水色ともとれる曖昧で冷たさを兼ね備えた扉には、お手製の看板が「OPEN」と小さく掲げられている。


 二階を全てぶち抜いてリフォームされた店は、外見からは想像できない程度には広く感じられる。元々マスターの持っていた物件だったらしく、そのような力技が出来たのだろう。


 重厚感を感じられる濃い茶色のフローリングは汚れ一つ見いだせず、丹念な掃除によるものだと見る人に理解させる。


 壁と天井はむき出しのコンクリートで覆われ、配管などが曝されている。

 個人的には剥き出しの配管が気に入っていた。コンクリート壁にグネグネと凹凸を生み出し、単一的になりそうな空間にアクセントを加えているように思えるからだ。もっと言うとロボっぽくてカッコいい!


 一夏さんが「掃除が大変」と嘆いていたのを耳にしたことがあるので、あまり声を大にして言えないが......。


 ここは俺の癒し場といっても過言ではない。


 焙煎の深く進んだ香ばしいコーヒーの香りと、生クリームと砂糖、リキュールをふんだんに使った様々なケーキの甘く上品で芳醇な香り。

 普段なら働いているだけで上機嫌な俺なのだが、今日はその限りではない。



 ――空気が形容し難い歪さを孕んでいる。


 先ほど、咄嗟の事で氷川を店に入れたまではいい。が、そこからが問題だった。


 ずぶ濡れになった俺と氷川を目にするや否や、マスターがすぐに着替えを貸してくれた。生憎ここにはシャワールームなんてものは無いので、全身をタオルで拭き、貸してもらったシャツに袖を通す。


 前に辞めた同い年の子の制服だが、俺と身長がさほど変わらなかった為、丁度いい丈だ。少しだけ薄暗い感情が影を覗かせるが理性で押し殺す。あぁ、クソ......。



 

「すみませんマスター、ありがとうございまし......」


 まだ水分を含んでいた髪を掻きながら、スタッフルームから顔を覗かせた俺の視界に移りこんだのは、カウンターで小さくなる学校のジャージ姿の氷川と、好奇心が具現化したようにその側面から質問攻めをする一夏さんの姿だった。


「すっごい美人さん......! ねねねッ! あなたは陣君の彼女さん!? それともまだ!? これからなの!?」


「えっ......ぁの......えと」



 手を差し伸べたのは間違いだったんじゃないか......? と少しばかりのため息が零れた。


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