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瞑々に唄え  作者: 卯ノ花 腐
レピドライトは溺れない
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第一話 花時雨は魔女による 一

初の学園ラブコメです。ある程度ストックがあるので更新頻度は高いと思います。温かく見守っていただければ幸いです。

「何だよまたいじめられたのか?」


 ――随分と懐かしい記憶だ。何時だったっけ? 小学校の頃だったか。


「うん......俺、またあいつらに教科書盗られて......」


「あのなーおまえなー! そんな弱気だからそうやっていつも物盗られるんだよ!」


「うっ......。けど、君が来てくれた。また、助けてくれた」


 まだ『あの時の俺』は残酷なほど純粋だった。


「おう! いつでも呼べよ! 僕が助けに来るから! 何度だって! 何時だって!」


 馬鹿みたいに、馬鹿に憧れていた。


「うん。期待してるよ......また助けてよ。俺のヒーロー」


「当たり前だろ!」



 白昼夢の画面が切り替わって、また違う記憶が蘇ってきた。うたかたの様に下から上へ。記憶の断片がふわりと浮上しては次々と結合し一枚の記憶を目の前に張り付けると、やがて動き出す。




「なんだよ......泣いてんのか」


「君だって泣いてるじゃないか」


 そう時間は経って居ないみたいだ。俺たちは依然子供の姿のままだった。


「くそー! あいつらいっぱい仲間呼びやがって! ずるいんだよ! 悪党ども!」


「へへ......けど、今回は俺も頑張ったよね」


 この時、確かいじめっ子に仕返ししようとして返り討ちにあったんだっけ。多勢に無勢......。いくらなんでも、倍以上いる相手に俺たちはなす術なくボコボコにされた。


「おう! そのうち僕みたいにヒーローになれるかもな!」


「俺が......君みたいなヒーローに、かぁ。考えられないケド......へへ」


 どちらからという事もなく、俺たちは腫れあがった顔で屈託なく笑った。痛みが染みわたりどこかぎこちなかったが、あの時の笑みは心の底から転げ落ちたものだったのは記憶している。



 古いブラウン管のテレビが砂嵐を映す時の様に視界の映像が酷く荒れる。ザザァとモノクロの世界に移り変わり、途切れるように真っ白に塗りつぶされる。




――――




「――おい、陣どうした? 昼寝か。えぇ? おい」


 酒焼けした様に酷く重たい声が鼓膜を揺する。その音で俺は目が覚めた様だった。うーん、どうせなら(ぎん)ちゃんに声をかけてもらい清々しい目覚めをしたかったのだが......。



 すこし埃っぽい薄暗い教室には俺ともう一人の男子生徒のみ。ちらりと時計のある方向へと視線を向けると、どうやら昼休みはまだ幾許か残されているみたいだ。


「なんだ、陣。昼飯食わないのか」


 二度目の安眠を試みようと、引き出したパイプ椅子を並べた簡易ベッドに再び寝転び瞼の上に腕を載せる。


「あ゛ぁー......ちょっと腹がな。あと、気分が悪ィ」


「おとぎ話よろしく、目覚めのキスを所望してんのかぁ?」


「じゃあ(ぎん)ちゃん呼んでくれる?」


「いい方法があるぞ。ここから飛び降りれば何とか来世辺りで出来るかも知れん」


「そうか。先に試してみてくれ。いけたらいく」


 くつくつと互いに小さく笑いを零して、暫しの沈黙。


 幽は買った漫画を見ているのだろう、紙を擦る音と部屋に備え付けられた時計の秒針だけが音を立てる。



 あぁ、嫌なものを見た。何だって今この時この場であんな昔のことを......。


 ズキズキと腹の痛みに耐えかねながら俺は浅く呼吸を繰り返す。


「なぁ――俺を助けてくれよ。ヒーロー」





――――




 随分とまぁ酷い雨だ。突然の暴風と雨で、奇跡的に鞄の奥底で眠りこけていた折り畳み傘はその奇跡も虚しく、僅か一分にも満たない活躍で、その生涯を終えた。


 少しでも期待した俺が間違っていた。

 期待した代償に、俺はこの滝の様な雨に曝されながら、バイトへの道を進む。雨に曝された体が、その濡れた先から体温を失ってゆく。


 春真っただ中というのに、徐々に寒さというものに死を覚え始めていた。



 ――死。日常で覚えのない体験を今まさに感じている。それでも懸命に足を動かす自分に称賛を送りたい。......ついでに誰か傘も送ってほしい。


 学校に沿って続く歩道をひたすらと進む。幅はあまり広くはないが、やはりというか、こんな豪雨で出歩く奇特な人間は少ないのであろう。悠々自適に我が道を歩ける。これだけ犠牲を払っているんだ、罰なんか当たりは......しないはず。


 だが束の間の安堵は、通り過ぎる車によってむざむざと引き裂かれた。


 当然のことながら一定のスピードで、一定量の水たまりに接触すると、水たまりは飛沫を上げる。俺の制服は、待ちわびていたかのように飛沫を余すことなく受け止める。


 少しばかりその熱い抱擁にそっぽを向けてもよかったんじゃないか? と思いもするが、如何せん、この雨を自ら受け止めるような制服だ。八方美人にも程がある。随分と生意気な制服だ。


 雨に加え、泥を含んだ飛沫すら身に纏ってしまった。


 口を小さく開き――閉じる。済んだことだ、と気持ちを切り返し、再度進むべき道に顔を向ける。





 俺のバイト先は、学校から歩いて十分程の所にある。住宅地にひっそりと聳える雑居ビルの二階に、門を構えている。




「あぁ、やっと見えてきた」



 数メートル先すらはっきりと見渡すことのできない視界の中、家々の配色には似つかわしくない緑色が朧げに見えた。


 件の雑居ビルの目の前には草木が生い茂る、小さな公園がある。何の変哲もないただの公園ではあるが、遊具が無いためか、それとも近隣住民の子供がませているのか、そこで子供がたむろしているところを、あまり見たことがない。




「ここを抜けていった方が近いか......」


 流石にこれ以上悠長にしていると本当に風邪をひいてしまいそうだったので、少しでも早くバイト先で暖を取るべく、公園を突っ切ろうとしたその視界の端で、何かを捕らえた。


 相変わらずの土砂降りではっきりとはしないが、何か“墨色の塊”が蹲っているように見えた。




 一度は通り過ぎた。

 それから五歩歩いたところで『もしかしたら』という漠然とした気持ちが足を止めた。六歩目が出せなかった。


 その塊の色に見覚えがあったから。それは幾度と目にしたものだから――やはり見間違いではないようだ。


 誰だって一刻も早く先へ行くべきだと思うだろう。俺だってそう思う。けど、これだけは見過ごせない。



 踵を返し同じく五歩進むと、確かに存在していた。



氷川(ひかわ)......霧華(きりか)



 これが、俺『烏羽 陣(からすば じん)』と魔女『氷川 霧華(ひかわ きりか)』の数奇な邂逅であった。





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