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番犬のおしごと

 灰色の雲が空を覆っている。今日は朝から、今にも雨が降り出しそうな空模様である。

 雨の日は番犬たちもお休み……という訳にはならず、雨が降り出したら二~三匹ずつ外に出され、ほかの番犬は待機し、時間ごとに交代となる。常に外に出しておくと、体を冷やしかねないからだ。

 厚い毛皮に覆われた体はあまり寒さを感じないのだけれど、長い間雨に当たるのはやはり体に良くはない。犬でも体調の管理はしっかりとされている。

(雨、降らないといいけど……)

 ルイーザは曇天を見上げながら思う。雨が降ったらあまり外にいられない。犬的に外が好きだから、というわけではなく、単純に犬には娯楽がないのだ。

 令嬢であったころは、部屋の中で刺繍をしたり勉強をしたり、本を読んだりと部屋の中であっても何かとすることがあった。特に読書であれば無限に時間を潰すことができる。しかし、犬生活をしている今は、犬舎に入れられたところで寝るくらいしかすることがないのだ。

 幼い頃からの目標のために、常に忙しくしていたルイーザにとって、ただゴロゴロとするだけの時間は苦痛なのである。

 更に雨が嫌な理由を挙げると、犬になってから妙に雷に恐怖を感じるようになっていた。

 雷が怖いだなんて、七歳になるころにはもう卒業したというのに、犬の体は耳が良いせいかどうも駄目だった。ゴロゴロと響く重低音や、爆発するような落雷の音を聞くと、ふさふさの大きな尻尾がヒュッと後ろ足の間に入ってしまうのだ。

 今の空を映したように憂鬱な気持ちのまま、外を歩いていると聞きなれない言葉が微かに聞こえルイーザの耳がピンと立つ。

『……から、……』

『──、しが……──と……』

 聞こえた声はこの国の言葉ではない。異文化に興味を持ち、他国の言葉を覚えられるだけ覚えたルイーザはなんとなくわかったけれど、小声で話しているためか距離があるためか内容までは聞き取れない。

 今、他国からの訪問があるようなことを父は言っていなかった。

 城の敷地内で他国の言葉が聞こえることの不自然さに疑問を抱いたルイーザは、声が聞こえる方向を向く。近くにいた黒い犬も、ピンと耳を立てていたかと思うと突然走り出した。

(……! 不審者ってことかしら?)

 ルイーザは少しワクワクしながら先輩犬の後を追った。番犬になって結構経つけれど、まだ不審者撃退というのはしたことがない。番犬の存在というのは、基本的に牽制の意味が強いのだ。

 もっとも、そんなに度々不審者が現れては困るのだけれど。

 いつもよりも湿気の下りた芝生を走っていると、裏庭の端の方に二人の人影が見える。

「わん!」

「ウゥ~ワン!」

「うわ!」

 先にたどり着いていた先輩犬に倣ってルイーザも吠えると、二人の男がびくりと肩を揺らしてこちらを振り向く。

「……チッ。何だ犬か」

 苦々しい顔でこちらを向く男二人。二人共、貴族らしい服を着ていた。

 片方は、有名人だったので社交界に出入りしていた頃に挨拶程度はしたことがある。栗色の髪に、王家の血筋を表す金の瞳。王の甥……ヴィクトールの従兄でもある、アーデルベルトだ。

 ルイーザ達の姿を見た彼は眉間に皺を寄せ、端整だけれど神経質そうな顔を歪めた。

 使用人に聞かれたくない話をする時に、他国の言葉で話すのは大して珍しいことではない。

 ……のだけれど、このようなところで人から隠れるようにコソコソと話すのはどうにもきな臭い。間違っても、気になる女性の話をしている、とかの可愛いものではなさそうだ。

「グルルルルル」

 先輩犬が男たちを見つめたまま唸る。

 アーデルベルトも隣の男も、貴族らしく身なりは整っており、城に出入りするのに相応しい恰好だ。更にアーデルベルトは王家に連なる大貴族の嫡男でもあり、不審者と認定するべき人物ではないのだけれど、隣の犬は警戒を緩めない。

(私も警戒したほうがいいのかしら?)

 ルイーザは首を傾げながらも、番犬の振り(・・・・・)をするために先輩に倣い威嚇の姿勢に入った。

 逞しい体つきの大型犬二匹が、鼻に皺を寄せて今にも飛びかかりそうな姿勢を取るのはそれなりに恐怖を与えるものらしく、男二人は怯んだ様子を見せた。

「わかったわかった、向こうへいくから」

「……犬畜生が」

「ガウ!」

(なんですって!)

 片方の男が犬をなだめるような仕草をしたかと思ったら、アーデルベルトは小声で暴言を吐き捨てた。犬の耳では、小声もよく拾う。

 ルイーザがひと吠えすると、慌てたように去っていった。


 ルイーザがまだ王太子妃候補筆頭だった頃。

 伯爵家は貴族の中ではそこまで身分の高い家ではなかったけれど、それでも筆頭と言われたルイーザは、王太子以外からの上流貴族子息からの声かけも非常に多かった。もちろん、王妃を目指していた彼女は相手にしていなかったけれど。

 先ほどの男――アーデルベルトからも、何度か声をかけられたことがあるしダンスを踊ったこともある。顔立ちも整っており身分も高く、更に言えば非常に優秀と評判の良い男だった。

 他国への留学やお忍びの外遊もしたことがあるという彼は、他国文化に興味を持つルイーザとはそれなりに話が合ったのだけれど、胡散臭い微笑みと少々傲慢な様子がどうにも気に入らなかったのだ。

 表向きはルイーザを一人前の令嬢として認めているようでいて、その瞳の奥には〝所詮伯爵家〟と嘲りの色が見えた。

 とはいえ、それ自体は特に珍しいことではない。

 確かにローリング伯爵家はそこそこ歴史も長く、現在は王の忠臣の一人と言われているため、幾つかある伯爵家の中でいえば地位が高い方であるが、それでも伯爵位には変わりない。家格が低いというだけで下に見てくる公爵・侯爵家の人間はいるのだ。ルイーザの父が王に気に入られているのを面白くないと思う人間も。

 年配の貴族であれば、そういった感情を上手く隠す術にも長けているものだが、アーデルベルトは隠しきれていないというのがルイーザの印象だった。

 アーデルベルトが優秀だというのは多分嘘ではないのだろう。知識も豊富で、語学も堪能。自主的に諸外国を見て回る行動力は、保守的な人間が多いこの国では珍しい。しかし、常に他者を見下す気質の男を未来の王として敬うのは抵抗がある。

 ルイーザは王位を従兄に譲ってもいい、と言っていたヴィクトールのことを思い浮かべた。

 与えられた執務を嫌々こなし、時折逃げ出す王太子としては少々無責任な男。

 しかし、側近に傲慢な態度をとらず、愚痴を漏らしつつも著しく評価を下げるようなことにはなっておらず、表向きは特に問題のない王太子として立っている。

 婚約者候補の中から、爵位ではなく自分と相性の良い伴侶をと真剣に考えていた。ルイーザがまだ婚約者候補だった時も、無意識に身分でルイーザを見下すアーデルベルトとは違い、ヴィクトールは婚約者候補の令嬢全員に対して紳士的に接していた。

 多分、彼は他人を尊重できる人なのだ。王としては随分甘い人だとも思うが、どちらにつきたいかと言われると、考えるまでもなくアーデルベルトよりもヴィクトールだ。

 そこまで考えてから、ふん、と鼻先を上げて去っていく男たちの後ろ姿を睨め付ける。

(やっぱり、ろくな男じゃなさそうね)

 今は犬になっているせいか犬に対する暴言はかなりルイーザを苛立たせた。元々犬は好きでも嫌いでもないのだけれど、この姿でいるせいで同族意識というものが芽生えてしまっているようだ。

 隣にいる犬は、先ほどまでは唸っていたけれど逃げ行く男たちを深追いするつもりはないようで、既に興味を失った様子で元居た場所へ戻るらしい。

 不審者……ではないけれど、きなくさい男たちを威嚇し終えたルイーザも、少々得意げな様子で鼻先を上げて元来た道を戻る為に振り返った。

 くるりと向いた先には、なんとも微妙な表情をした魔術師ノアが立っていた。

「わん!」

(びっくりした!)

 目の前のことに集中していたせいか、犬の耳を以ってしても近づく足音に全然気づけなかった。これでは犬失格である。立派な犬になりたいわけではないけれど。


   *****


 いつの間にか本格的に降り出した雨が、研究塔の窓を叩く。太陽は厚い雲に覆われているため、昼間だというのに外は薄暗い。魔道具や薬草が所狭しと並ぶ室内も、外からの光があまり入らない今はどこか不気味な雰囲気すら漂っている。

 ルイーザの目の前に座る魔術師は、呆れた目で彼女を見つめていた。

「……ルイーザ嬢、そんなに真剣に番犬業務はしなくてもいいんだよ」

(……好奇心に勝てなくて……)

 確かに軽率な行動だったかもしれないと、ルイーザはしゅんと耳を寝かせる。

 今回はたまたま大事には至らなかったけれど、もし本当に不審者だとしたら、怪我では済まなかったかもしれない。見た目は同じ犬でも、躾と訓練を経た本物の番犬のような戦闘力は元令嬢のルイーザにはないのだ。

 そんなルイーザの様子を見て、魔術師ノアは困ったような表情でガシガシと乱雑に鳶色の髪を掻く。

「あー……陛下と伯爵からは、怖がらせないようにと口止めされているんだけれどね。知らないまま危険な行動をしては元も子もないからね。君を犬舎に置いているのは、君を守るためでもあるんだよ」

(こうなった原因を調べやすくするためじゃないの?)

「勿論、研究塔ここと行き来しやすいようにという意味もあるんだけれどね。大まかな原因が分かった今、本当は君は邸に戻っても問題ないんだ。解呪に必要な薬の材料が揃ってからも調整は必要だけれど、それだけであれば僕が邸に行っても良いわけだし」

 ノアの長い前髪に殆ど隠れた眉は、困ったように下がっている。ルイーザは、ノアの言わんとしていることは判らないけれど、普段は飄々としている彼の今まで見せたことのない表情にどこか緊張した。

「君をその姿にした犯人は、君が犬になったことを知っている可能性がある。……例えば、人間を攫おうとするとどうしても目立つし足が付く危険があるけれど、犬であればケージに入れてしまえば簡単だ。……遠くへ連れていって殺してしまうことも」

 背筋にひやりとしたものが走る。

 暫く犬舎で過ごしてほしいと言われてから、腑に落ちない気持ちはありつつも何だかんだ気楽に過ごしてきた。犬の本能に抗えず、人としての尊厳が傷つきかけたことはあれど、命の危険を感じたことは一度もない。

「これは最悪のパターンだけれど、例えば山奥で君を殺したとして、そこに残るのは良くて犬の死体、可能性によっては何も身に着けていない君の遺体だけ。……令嬢の君がそんな姿で見つかれば、辱められたと捉えられかねないから、伯爵だって捜査できない。君の名誉を守るために、療養先での病死として片づけるだろうね」

 ノアの言う、最悪の状況を想定してルイーザはぞっとする。確かに、人間を犬にするというこの国にはない技術──呪薬自体、簡単に手に入るものではない。少しの悪戯程度の気持ちで出来ることではないのだ。

 何も言わないルイーザの不安を察して、ノアは慰めるような声色で話を続けた。

「あくまでも最悪のパターンだよ。……でも、この国では知られていない技術で君をその姿にしたんだ。必ずそこには悪意がある」

(でも、何故ここが安全なの? 家だって常に護衛はいるわ)

「人の気配に敏い番犬たちの中にいる君を攫うのは普通の邸に侵入するよりも難しいんだよ。彼らは普段は大人しいけれど、何か異変を感じればすぐに吠える。犬が強く反応すれば、裏門や王宮に詰めている騎士達だって来るからね」

(お父さまたちがそこまで考えていたなんて、知らなかったわ……)

 突然犬舎に放り込まれて、理不尽だとすら思っていた。

 確かに、今の生活では常に周りに他の犬がいた。昼間は、それぞれが自由に歩き回っているため、それなりに距離があったりするけれど、いずれにしても何かあれば犬の足ならすぐに駆け付けられる距離だ。

「だからね、ルイーザ嬢。ほかの犬が何かの異変に反応したら、君は極力その異変から遠ざかるように心がけるんだ。間違っても、今回のように自ら危険のもとへ行ってはいけないよ」

(……わかったわ)

「それと、公爵家の嫡男が誰かと話していた件については、明日か明後日僕も時間を合わせるから、念のため君から直接お父上に話すといい。ただの世間話であればいいけれど。僕の生まれは下級貴族だし、子供の頃に研究棟に入ったからあまり貴族の力関係には詳しくないから何とも言えないんだ」

 ノアの言葉に、ルイーザは一つ頷いた。

 今の生活をしている以上、ルイーザも貴族の力関係や、社交界の出来事には疎くなってしまっている。妙なことを感じたのであれば父に話しておくのが一番だろう。


 研究所を出て、番犬の行動範囲に入ったところで送ってくれたノアと別れ、犬たちの休憩所に戻ると見慣れた先客がいた。言わずと知れたこの国の王太子殿下である。

 ヴィクトールは、既にルイーザの同室犬を捕まえているようだ。焦げ茶色の毛と薄茶色の瞳を持つ若い雌犬を撫でまわしている。同じ色合いということで、実は彼女に少し親近感を覚えている。

(まあ、大人しくていい子だし触られるのも嫌がらないからちょうどいいかもね)

 番犬たちも個々によって性格が異なり、犬によっては、飼育員以外の人間から触られると嫌そうな顔でされるがままになっていたり、するりと逃げてしまったりする。今日ヴィクトールが抱えている子は、番犬たちの中では比較的おっとりと受け入れるタイプだ。

 ルイーザが休憩所の水を飲んでいると、機嫌のよさそうなヴィクトールの声が聞こえる。

「ショコラ! ショコラもこっちへおいで!」

 たまには同室犬にヴィクトールを任せてお昼寝でもしようかと思いながら、ちらりとその姿を一瞥すると、座っているヴィクトールの傍に、ナプキンに広げられたクッキーと思われる物体が見える。

(……おやつがあるなら少しくらい相手をしてあげてもいいわね)

 王宮の料理人が作る、犬用クッキーは野菜が練りこまれているのか自然の甘味がほのかに感じられて中々の美味である。

 人間だったころは、特別お菓子好きだったわけではないはずなのだけれど、犬になってからは毎食同じような食事が出されているせいか、時々もらえるヴィクトール印のおやつは中々の贅沢品に感じるのだ。

 小走りで呼ばれたところに向かうと、彼は左手を犬の肩に回したまま、右手でぽんぽんと芝生を叩いた。おやつのために、ルイーザは示されたところにお座りをする。胡坐をかいている彼の膝を、ちょいちょいと前足でつつくと嬉しそうに笑っておやつを差し出してくれる。

(うん、今日のクッキーも美味しいわね! 豆とチーズかしら?)

 何度かもらっているせいか、すっかりクッキーソムリエになってしまう。ざくざくとした、少し硬めの歯ごたえもちょうどいい。

 おやつを楽しんでいると、大きな手が首元をふかふかと撫でまわしてきた。

「カカオも可愛いけど、やっぱりショコラも可愛いなあ。ふふ、二匹に挟まれて幸せだ」

(あ、この子の名前は素材の方なのね)

 同じ色合いで、カカオとショコラ。自分に付けられた名前も甘ったるくて恥ずかしいと思っていたが、カカオはカカオで中々のものである。

「殿下はよく違いがわかりますね。並べてみると微妙に顔立ちが違うかもしれませんが、単品で見ると僕にはどっちがどっちだかわかりませんよ」

 供をしていたファルクが目を瞬かせながら言うと、ヴィクトールは得意気に胸を張る。

「全然違うぞ。カカオはおっとりしていて温厚で、ショコラは元気な甘えん坊だ」

(甘えた覚えはないわよ!)

 抗議の意味を込めて、なにやら都合の良い記憶改ざんをしたと思われる男の肩に、どすんと頭突きをする。犬を見分ける技術は純粋にすごいと思うけれど、犬心は全くわかっていない。

「おっ、さっそく甘えん坊モードかいショコラ。よしよし、たくさん可愛がってやろう」

「わふ!」

(甘えてないってば! ……ちょっと!)

 ヴィクトールは楽しそうな表情でルイーザの首元に両腕を回したと思ったら、ごろんと仰向けに寝転がった。刈られた芝生の上とはいえ、高貴な身分の王太子が屋外で横になるとは驚きである。

 引っ張られたルイーザは、そのまま上半身をヴィクトールの上に乗せる形になった。供をしているのが真面目な男であれば、そんな王太子の振る舞いに苦言を呈しただろうが、本日の供は我関せずで周りを見ている。注意は期待できなさそうだ。

(全く! 犬にお腹を見せるなんて! その体勢は降参ポーズなのよ!)

 番犬同士で遊びとして追いかけっこや取っ組み合いをする時も、遊びの終わりは大抵どちらかがお腹を見せて降参する。番犬の中では下っ端のルイーザは、降参する側になることが多い。犬同士で思い切り遊んでしまうことについては、ルイーザの自尊心に関わる部分なので深く考えないことにしている。

 それはともかく、次期国王ともなる人間が、番犬の下になるなんてとんでもない。番犬のルールが人間の身分に適応されるわけではないのだけれど、気持ちとしては穏やかでない。

「今日もふかふかで可愛いねえショコラは!」

そんなルイーザの心境など知らないヴィクトールは、下から見上げる体勢のまま、両頬を揉みこむように手を動かす。ついつい、その手つきにマッサージに似た心地よさを感じてしまう。

(うっ……撫でる技術だけは流石だわ。それに、これはこれでなんだかちょっと気分がいいわね)

 普段めったに降参されることのないルイーザだ。たまには自分が上になるのは悪くない。すぐに退かなければという人としての心と、上に乗って気分が良くなる犬心の間で葛藤してしまう。尻尾だけは、既に上機嫌にふりふりと揺れてしまっているのだけれど。

「あーもう可愛い。このまま連れて戻ったら駄目かなあ。毎晩こうして抱き枕にして眠りたいくらいだ」

(何を言っているのかしらこの男は)

 王太子の寝室に日中外を歩き回っている犬なんて連れ込んだら流石に各所に咎められるだろう。猫と一緒に寝ているという令嬢の話を聞いたことがあるけれど、それはあくまでもずっと室内にいるペットの話だ。

(大体、未婚の男女が同じベッドに入るなんて……)

 ルイーザはつい、想像してしまう。勿論犬と人間が一緒に寝たところで何も間違いは起こりようがないし、ヴィクトールにやましい気持ちがあるわけではないことはわかっているのだけれど。

 一応はこれでも本来年頃の乙女。先ほどまでは気にならなかったのに、急に理性が働いてしまった。ここまでくると、顔が至近距離にあることすらも意識してしまう。

 相手は見目だけは特別秀でている王太子。しかも、社交で見せるような愛想笑いではなく蕩けるような微笑みを浮かべている。

 ヴィクトールは慈しむような手つきでルイーザの頬を撫で、そっと頬ずりをしようと顔を寄せてきた。

「ギャンッ‼」

 唐突に恥ずかしくなったルイーザは叫ぶように鳴き声を上げて思わず飛びのいてしまう。突然の行動に驚いたヴィクトールが、目を瞬かせながら半身を起こす。

「ショコラ? どうした?」

「あっはっは、よくわからないけど振られましたね殿下。いつも外にいる犬だから室内で過ごすのは堅苦しいんでしょう」

(失礼ね! 野生の犬じゃないんだから! 夜は屋内で寝ているわよ!)

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