表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/27

復帰

 時は遡り、傷が完全に癒えた頃、ルイーザは再び社交を開始した。

 一度体調不良によって領地に戻ったことになっていたが、少々風邪を拗らせただけで早々に快復したので再び王都に戻った、ということになっている。

 ひとつのシーズン中に何らかの理由で領地に戻ったり、または遅れて王都入りをしたりという事例が他に全くないわけではない。ルイーザの復帰も当初こそ話題になったものの、特に詮索されるわけでもなく受け入れられた。

(それにしても、あの時のメリナ嬢の顔は見物だったわね。まるで亡霊でも見たかのようだわ)

 自室で、幾つか届いたお茶会などの招待状を眺めながらルイーザは内心でほくそ笑む。

 一時的に戦線離脱していたものの、今は再び王太子の婚約者候補になった。もしルイーザが選ばれた時のために今のうちから繋がりを作りたいと考える者は少なくない。

 先日、そういった思惑からルイーザを招待したある家のお茶会で、同じように招待されていたメリナと顔を合わせたのだ。エメラルドのような瞳を大きく見開いて、その顔を驚愕に染めていた。

 犬になっていたことも、人間に戻ったことも大怪我を負ったこともすべて隠されていたのだから、メリナが知らないのも当然なのだけれど。

 メリナはすぐに表情を取り繕ったが、ルイーザには抱いている焦りが伝わるようだった。

 あれから数日、今のところ表立っての接触は特にない。

 しかし、メリナは大いに焦っていることだろう。彼女は既に犬だったルイーザに自白をしたようなものだ。今のところ明確な証拠はないとはいえ、関わっていることが確信できた以上何かしらの糸口を掴むことはできるはずだとルイーザは考えている。


 机の上に置かれた、一通の茶会の招待状。

 アーデルベルトの傍に侍っていた、バルツァー家と親戚関係の子爵家からのものだ。

 ルイーザが目覚めた日からすぐ、ヴィクトールはバルツァー家の当主と嫡男に秘密裡に接触した。

 減刑と引き換えに、協力を要請したのだ。まったくの無罪というわけにはいかないが、相手にしてみれば下手をしたら王家簒奪の片棒を担いだとして一族郎党にまで罪を問われる可能性もあったため、大きな抵抗もなく承諾した。

 勿論、今回茶会を主催する子爵家もまた顛末こそ伝えていないもののこちら側の協力者である。

(メリナが、ここで行動に移ってくれればよいのだけれど)

 ぱちんと軽く己の両頬をたたき、来る機会に向けて気合を入れたルイーザは、丁寧な文字で出席の返事を書いた。


   *****


 ルイーザが子爵邸に到着したころには、招待客の七割程度が既に集まっていた。

 子爵夫人は庭作りが好きだと聞いたことがある。既に秋本番で風も冷たくなっているため、ガーデンパーティというわけにはいかなかったようだが、お茶会の会場となる部屋の大きなテラス窓からは、夫人自慢の庭が一望できた。

 赤く色づいた木々が等間隔に植えられ、落ち着いた色合いの秋の花がさわさわと風に揺られていた。もし、裏事情さえなければこの景色をもっと楽しめただろうと思うと、少し残念な気持ちになる。

 主催者である子爵夫人との挨拶を簡単に済ませると、同年代の令嬢が集まるテーブルに案内された。

 復帰以降、何度か表に出ているために既にルイーザがこうして社交界に出てくることについて何か言う人はいなくなっている。今回参加した真の目的は他にあるが、暫く社交から離れていたルイーザにとって、社交界で女性たちと話すことは貴重な情報収集になるのだ。

 しばらく他の令嬢との会話に興じていると、子爵家の使用人に案内された一人の令嬢……メリナ・ノイマンがルイーザたちのテーブルへやってきた。

 柔らかく微笑んで挨拶する姿は、事情さえ知らなければ明るく可愛らしい令嬢だ。ルイーザとメリナが親しくないことを知っている令嬢たちは二人が同じテーブルに案内されると思っていなかったのか、ほんの少し場に緊張感が走ったものの、表面上はにこやかに受け入れている。ルイーザも、同じようににこやかな笑顔で対応した。

「ルイーザ様、しばらく領地へ戻っていたとお聞きしていましたが……体調はもうよろしいのですか?」

「ええ、大事をとって領地に戻っただけなので、今はすっかり元気になりました」

 我ながら白々しいと思いながらも、ルイーザは用意された定型文で答える。

「ご自愛くださいましね。貴族に生まれた娘にとって、健康でなければ義務も果たせませんから」

 さも、心配していますという表情で言うメリナにルイーザの眉がぴくりと動く。溜息をつきそうになるのを抑えるためにも、紅茶を一口飲んで心を落ち着かせた。

 明るくて優し気なイメージを崩さないまま、的確に嫌味を言えるのはいっそ尊敬に値する。

(つまりは、健康に不安があると高貴な者に嫁ぐのはどうかって言いたいのね)

 貴族にとって結婚とは、血をつなぐこと。健康に難があるというイメージがつけば、たとえ王太子妃に選ばれなかったとしても嫁ぎ先がぐっと少なくなってしまうのだ。

「実は、ほんの少し風邪をこじらせただけなのです。今年は大切なシーズンですし、早く復帰するために王都で治すことも考えたのですけれど……両親にうつしたくなかったので、念のため領地で静養しておりました」

 大切なシーズンというのは、王太子の婚約者選定のことを指していることは周りの令嬢にも伝わっただろう。これで、利よりも両親の大事を取る優しい娘であるイメージでも付けば万々歳である。満足気な気持ちで、ティーカップを傾けるとちょうど中身が空になった。

 いつの間にか近づいてきた品の良いお仕着せに身を包んだ赤い髪に茶色い瞳の使用人が、空になったカップにお茶を淹れる。ルイーザは置かれたカップに角砂糖をひとつ落とすと、ティースプーンでゆっくりとかき混ぜた。

(これは当たりね)

 思った通りの結果で、ルイーザがくすりと笑みを漏らすと、目の前に座るメリナが不審げに眉を寄せた。

 ルイーザはメリナの表情に気づかないふりをしながら、隣の令嬢に紅茶を注ぎ足した侍女にちらりと視線を送る。さりげない仕草で侍女が己の腕に触れるのは「了解」の合図だ。すぐに、彼女はお茶会の会場となっている部屋から下がり先ほどの使用人の確保に向かうのだろう。

 その使用人が、本来の主と思われるアーデルベルトまたはその傍にいる者にどれだけ忠誠を誓っているかはわからないが、メリナに対する忠誠心はないと考えていいだろう。少し揺すれば口を割る──またはメリナに罪を押し付けるような証言をする筈だ。彼女自身は、大きな後ろ盾も雇い入れる資金も持っていないのだから。

 使用人から証言さえ引き出せれば、メリナにはこのお茶会の後にでも王太子が手配した者が“お話を聞かせて”もらうように接触するだろう。

 メリナはいつものように柔らかい微笑みを浮かべている。その内心は読めないが、緊張か高揚か、どちらにしても凪いだものではないと予測する。ルイーザが、今置かれている紅茶を飲めば、彼女の思惑は果たせるのだから。

「そういえば、我が家では最近ペットを飼い始めたのです」

 ルイーザの唐突な話の切り出しに、メリナだけでなく同席していたほかの令嬢も目を瞬かせる。

「立派な体格の犬なのですけれど、今ではすっかり家族の一員ですわ」

「まあ、大きな犬だなんて……恐ろしくはないのですか?」

 意外だという風に声を出したのは、メリナではない令嬢だった。令嬢や夫人の間で愛玩犬として飼われるのは一般的に、女性の腕でも軽々抱えられるほどの小型犬である。番犬でもなく愛玩犬として大型犬を飼うのは、男性ならまだしも女性では珍しい。

「私も最初は恐ろしかったのですけれど、父がある場所から引き取ってきましたので。飼ってみると可愛らしいのですよ。案外表情豊かですし、温和でお利巧なので今は恐ろしさなんて全く感じません。それに〝薄茶色の瞳と焦げ茶色の毛〟なのでなんだか親近感が湧いてしまって」

「私の家も領地で牧羊犬を飼っていますの。愛玩犬ではないのですけれど、とても優しくて毛並みもきれいで……実は、向こうに帰った時は私が毎日のようにブラッシングしていますわ」

 一人の令嬢が言うと、他の令嬢が納得したような表情をする。

 ヴィクトールが犬舎に連れてきた令嬢はまさに深窓の令嬢といった者が多く、大型犬におびえていたが、田舎の領地で過ごす男爵家や子爵家の中には、牧羊犬や猟犬など大きな犬に馴染みがある者も少なくないのだろう。

 メリナが表情を変えずにテーブルの上で拳を握ったのがわかった。もちろん、王都にも領地にも犬などいないが、ここであえて犬の話をすることで、誰の手引きで何が起こっていたのか知っているのだと匂わせた。犬だったころのルイーザと顔を合わせているメリナにはこれで言わんとしていることが伝わった筈だ。

 そこまで話したところで、ルイーザは使用人を呼ぶと、角砂糖は一日二つまでにしているのにうっかり三つ目を使ってしまったからと理由をつけて自分のティーカップを下げさせ、新たに紅茶を淹れてもらう。

「ねえ、メリナ様。貴女に後ほど聞きたいことがあるの」

「……まあ、なんでしょう?」

「私、最近ハーブティに凝っていて。メリナ様は面白い薬草を持っていると小耳にはさんだものですから」

 ちらりと紅茶のカップに視線を送ってからその顔を見ると、メリナの頬がひきつったのがわかった。


 その後は、穏やかに談笑をしながら時間が過ぎていく。メリナは途中から顔色が悪く早めに席を辞したがきっと家には帰れていないだろう。

 今頃は、子爵邸の近くで待機していたヴィクトールの従者がメリナと接触しているはずなのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ