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プロローグ

「……全っ然上手くいかないじゃないの!」

 ルイーザは非常に憤っていた。

 

 国王・王妃両陛下や貴族たちの心象は悪くない。立ち居振る舞いだって、高位貴族に引けを取らないほどに磨いてきた。

殿方との会話だって、出しゃばらずに相手を立てつつも決して己を愚かに見せることなく、理想の貴族令嬢として振る舞えていたはずだ。

 それなのに、肝心のヴィクトール王太子殿下を射止められずにいた。

 むしろ、若干避けられてすらいるのだ。


 王宮で定期的に開かれる舞踏会。今年の社交シーズンは、王家主催のものが例年よりも多く開催されていた。

 というのもこの国の国王夫妻の一人息子であるヴィクトール王太子殿下が結婚適齢期だからである。

 二十三歳になっても婚約者を決めようとしない息子に業を煮やした国王夫妻が、『次代を担う若き貴族たちの顔つなぎの場』と称したお見合いパーティを大々的に開いているというわけだ。

 参加する資格があるのは伯爵家以上という括りはあるものの、王太子に適齢期の娘を売り込みたい者や、子息の人脈を広げたい者たちがそこに集う。

 伯爵家の娘であるルイーザ・ローリングもそういった体で連れてこられたうちの一人。

 婚約者候補者たちの中でも身分は高くないが、作法・教養共に非の打ちどころがなく、顔立ちは少々きつめであるものの、髪も肌も体形も本人(と侍女たち)の努力の末に磨き上げられた最上の状態。ドレスや髪型も常に流行を捉え、親世代のご婦人達から一目置かれている。

 城勤めをするローリング伯爵は国王からの信頼も厚く、ルイーザは一伯爵令嬢でありながら王太子の婚約者候補筆頭であった。

 すべては、次期王妃の座を射止めるため。幼い頃から我武者羅に己を磨いてきた。

 なのに全く上手くいかず、うっかり果実酒を飲みすぎてしまった。

 そのせいか頭が痛い。伯爵家に宛がわれた休憩室のソファで、額を押さえながら先ほどのことを思い出す。

 無駄に煌びやかな内装が目に痛く、頭痛を更に加速させてゆく──


******


 舞踏会に王家の人々が入場し、場が大方温まってきた頃。

 ホールに降りていた王太子はすぐに二~三人の令嬢に囲まれた。

 氷のような美貌を持つといわれている王妃に似て端整な顔立ちでありながら、穏やかな気性が表れた優し気な目元のおかげで冷たさなどは一切感じさせない容貌をしている王太子は、その尊い身分も相まって多くの女性たちの憧れの的である。

そんな彼が今年のシーズン中に伴侶を決めると大々的に告知したとなれば野心を抱く貴族の娘や彼に恋心を抱く娘たちが集うのも無理はない。

王太子はいつもと変わらず柔和な笑みを称え、令嬢たちの言葉に応えている。

誰に対しても礼儀正しく、紳士的でありながらも決して一定の距離を崩さず、今のところ誰も特別親しい関係にはなれていない。ルイーザも、顔を合わせる度に挨拶をしているが未だに全く手ごたえは感じられていない。

 実際に会話をしてみても愚鈍といった印象はないし、自分を含めてアピールをする令嬢たちを蔑ろにするようなことはないので誠実な人柄なのだろうとは思うのだけれど、誰に対しても変わらない対応をするせいか張り合いがないと思ってしまうこともある。 それでも、目的のため──次期王妃となるために、ルイーザは彼の心を射止めなくてはならない。

 いつもの流れであれば時間が経過するごとに王太子を囲う令嬢が増えていくため、ルイーザは今のうちに挨拶をしようと考えた。


「きゃぁ」

 あと僅かで、王太子殿下のもとにたどり着くと思ったところで、目の前にいたストロベリーブロンドの令嬢が躓き王太子にまとわりつくように抱き付いた。

「も、もうしわけございません……」

 ストロベリーブロンドの令嬢──メリナ・ノイマン伯爵令嬢は、すぐさま王太子に謝罪をすると、ちらりとルイーザを見る。

(え……何?)

 怪訝に思い首を傾げると、メリナがびくりと肩を揺らす。ルイーザが近寄ったタイミング、この距離、行動。

 この状況で、自分たちが周りからどう見えるのかルイーザは瞬時に理解した。

(まるで私が突き飛ばしたみたいじゃ──)

「……ルイーザ嬢、人が多いところでは前方に気を付けたほうがいいよ」

「……!」

 困ったような表情で、ヴィクトール王太子が言う。彼から見てもまた、ルイーザがメリナを突き飛ばしたように見えたのだ。

ふわふわとした砂糖菓子のように可愛らしい容姿と時折見せる無垢な少女のような笑顔、小動物のような頼りなげな仕草をするメリナは同年代の男性から非常に人気が高い。

もちろん、ルイーザはそれが上辺のもので、実際はかなり強かな部類の女性であることを知っている。

 唖然としているルイーザをよそに、メリナは健気な表情で口を開く。

「違うのです、わ、私も周りを見ていなかったので……私の不注意でごめんなさい、ルイーザ様」

「あら……手練れの武人でもないかぎり、後ろから近づく人物を避けるなんてできませんわ?」

 メリナの援護をするように、近くの令嬢が言った。ヴィクトールと令嬢たちの目が、ルイーザに向かう。

 もちろん、ルイーザはメリナに一切触れていない。近くまで来ただけだ。

(や、やられた……!!)

 困ったような王太子の目と怯えたようなメリナの目。

 そして蔑むような令嬢たちの目。

 援護をした令嬢も、決してメリナの味方ではないと思うが、婚約者候補筆頭と目されるルイーザを蹴落としたいのだろう。

 ルイーザは歯噛みしたが、ここで言い訳をしても仕方がない。完全にこちらがぶつかったと思われる状況を作られてしまった今、何を言っても容易には覆らないだろう。

 何もメリナにしてやられたのはこれが初めてではない。家格が同じ伯爵家であるせいか、互いに意識することが多く、ちくりちくりしたと嫌味の応酬などは今までにも多少はあった。女性だけの茶会であれば若干ルイーザに有利ではあるが、今の状況では分が悪い。

 ルイーザは内心で盛大に溜息をつきながら、なるべく優雅に礼をとった。

「王太子殿下にご挨拶を申したかったのですが、本日は少々体調がすぐれずふらついてしまいました。メリナ様、申し訳ございません。お怪我はございませんか?」

「そ、そんな! 大丈夫です! 殿下が支えてくださいましたから……」

 ぽ、と頬を染めたメリナは可愛らしい顔を王太子に向ける。白々しい、と眉をひそめそうになるのを懸命にこらえてルイーザは王太子に礼をとった。

「……王太子殿下、ご無礼を申し訳ございません。本日はこれにて失礼いたします」

「ああ、大事にするようにね」

 明らかに、ヴィクトールの表情がほっとした。「揉め事にならなくてよかった」と顔に書いてある。

 ルイーザは確かに少々気の強さが表れた顔立ちをしているし、物言いがきつくなることもある。

礼儀がなっていない相手には苦言を呈することもあるし、相手から喧嘩を売られた時には買うことも多いが、常識から外れた行いはしていないし、多少の嫌味や牽制など貴族社会ではままあることだ。

言われっぱなしでいれば気概がない、誇りがないと舐められてしまい逆に今後の立場が悪くなる。

 それでも、このような場で揉めるなど愚かなことはするつもりがないというのに。

 そんな浅慮な人間と思われているのかと思うと、悔しさや悲しみ、怒りがないまぜになったような感情を抱いてしまう。

 ギリリと扇を握りしめながらも、あくまで憤怒を悟られないよう、優雅に見えるよう、ゆっくりと踵を返す。

 体を後方に向ける瞬間──一瞬ではあるけれど、メリナのバラ色の唇が僅かに弧を描いた。

(……!!)

 言い訳ひとつする隙もなく濡れ衣を着せられたこと。王太子の困った表情。

 そして、メリナが最後に見せた笑み。

 腸が煮えくり返る、とはきっとこういうことを言うのだろう。淑女のプライドとして、叫びだしたい気持ちを呑み込みダンスホールから出る。

 トレイを持ちながら会場内を回る給仕のひとりから果実酒のグラスを差し出されたので、ニコリと笑いグラスを受け取った。

 王太子が踊るということで、人々はみなダンスホールに注目した。今、彼と手を取り合っているのは忌まわしきメリナ・ノイマン伯爵令嬢だ。

 どうせ誰も見ていないからと、ルイーザはグラスを傾けて一気に果実酒を呷る。

 果実の甘みと酸味が喉を通る。アルコールが弱いものではなかったらしく、喉から胃にかけてがじわりと熱くなった。

 苛立つ気持ちを落ち着かせようと、大きく息を吐き出したところに、父ローリング伯爵が声をかけてきた。

「ルイーザ、王太子殿下のところへは行かなかったのかい?」

「お父さま……。ええ、少々誤解をされてしまったの。収拾がつかなくなるまえに下がってきたわ」

 ルイーザの言葉を聞いて、王太子をめぐり令嬢たちと何かあったと察したのだろう。伯爵は、身を屈めて周りに聞こえないように小声で話した。

「そうか……。辛かったら、いつでも辞退していいんだからね。私たちは、お前の幸せだけを願っているのだから」

 娘が王太子妃の座を射止めるというのは、貴族にとって何よりもの誉れだ。けれど、父は心からそれを望んでいるわけではない。むしろ同格の貴族と縁づき穏やかな生活を送ってほしいとすら思っているようだ。

 父の心配をうれしく思いつつも、 王太子妃の座を望んでいるのは、両親でなくルイーザ自身だった。

 ルイーザは緩く首を振る。今回は出し抜かれてしまったが、完全に負けたわけではない。

「私はまだ、諦めません。でも、今日はもう下がろうと思います。先に、休憩室で休んでおりますね。あら、お母様は?」

「ああ。マチルダはあちらでご夫人達と話をしているから、ひと段落着いた頃を見計らって声をかけるよ。休憩室で待っていなさい」


   ******


 先ほどの出来事を振り返ると、燃え上がるような悔しさが襲う。

 頭痛に加え、目の奥も痛くなってきたようだ。

 次期王妃になるため、ルイーザは幼少期から全てを捧げてきた。

 貴族女性が必要以上に知識を身につけることは、「可愛気がない」と忌避されがちだけれど、王妃を目指すためには必要だと両親を説得して勉学にも励んだのだ。


 ルイーザが「王妃になりたい」などという上昇志向を抱いたきっかけは、外交官をしている叔父が外国のお土産として贈ってくれた一冊の本だった。

「叔父さま、私はもう小さな子供じゃないわ。絵本は卒業したのよ」

 叔父から絵本を渡された八歳のルイーザは、そんな言葉を返した。今思い返しても、可愛気のない子供である。しかし、ルイーザは幼い頃から勉強面では非常に優秀だった。八歳になることにはとっくに絵本を卒業して、様々な本を読むようになっていたのだ。

 絵本なんて、その頃のルイーザにとっては面白くもなんともない。全て同じようなありきたりのもの。祖父母の代から変わらない定番の昔話が、作家を変えて何度も出版されているだけの子供向けの娯楽としか思えなかったのだ。

 そんな可愛気に欠けるルイーザの態度を気にする風でもなく、叔父は優しく微笑んだ。

「きっとルイーザは気に入るよ。開いてごらん」

 渋々と、ルイーザは本を手に取る。普通の絵本よりもいくらか分厚く、頁の間に何かが挟まっているように少し紙が浮いている。

 ぱき、と厚い紙が擦れる音を微かに立てながら、恐る恐る本を開く。

 絵本を開いた瞬間に、王城の一室が現れた。紙で作られた立体の家具の上を、キラキラとした光が舞う。

「しかけ絵本と言ってね。開くことで折られていた紙が飛び出るようになっているんだ。キラキラしたものは、ここに埋め込まれた小さな魔石から出ているんだね」

「すごいわ! 綺麗! ……でも、字が読めないわ」

「これは王女の誕生の場面だね。ほら、ここに王妃がいて、産婆もいるだろう。この絵本はすべての頁に、色々な仕掛けがあるんだ」

 叔父の指が、紙で作られた人型を指す。

「叔父さま、こんなに素敵なものをありがとう。……文句を言っちゃってごめんなさい」

「素敵と言ってもらっただけで十分さ」

 ルイーザの言葉を聞いて叔父は、お茶目にウインクをした。

 外交官をしている叔父は頻繁に国内と国外を行き来しているために滅多に会うことはないけれど、こうして会うたびにルイーザのことを可愛がってくれる。

「不思議ね。こんな絵本、見たことないわ」

「先日までいた国では、これは子供に贈るちょっと小洒落たプレゼントの定番なんだって。その国は製紙技術が高くて、芸術を尊ぶ国だったからね」

 こんなに素敵で特別な絵本が、定番と聞いてルイーザは驚いた。この国では、絵柄こそ様々だけれど絵本はすべて似たり寄ったりだったから。

 更に言えば、魔術は日用品に使われることはあっても、このように娯楽……まして子供向けの玩具などに仕込まれているなんて聞いたことがない。

 ルイーザは、夢中で絵本を眺める。頁を捲るたびに異なる仕掛けに感動した。

「知らなかったわ。国が違うと、こういうのも全然違うのね」

「うちの国は少し保守的で、あまり外国の文化を取り入れようとしないからね。だからこそ、外の国を見るのはとても面白い」

「……外国にはこんなに素敵なものがあるのに、どうして保守的なのかしら?」

「勿論、保守的なのは悪いことばかりではないんだよ。保守的だからこそ、守られている国独自の文化というものもある」

「他の国の良いところも、この国では取り入れないの? それってすごく勿体ないことだと思うわ」

 ルイーザの問いかけに、叔父は困ったように微笑んだ。

「まったく取り入れていないわけではないけれどね。私たち外交官は、異国の文化を受け入れることに慣れているけれど、普通はそうじゃない。人々の中には、知らないことを知るのは素敵と思える人と、怖いと思う人がいるんだよ」

「……? よくわからないわ」

 首を傾げるルイーザの小さな頭を、叔父が優しく撫でる。その手つきが、ルイーザは好きだった。母の弟だからか、少し母の撫で方と似ているのだ。

「外交官の人と結婚すれば、私も異国のことをたくさん知れる?」

「……どうだろうなあ。この国の婦人は、あまり外を出歩かないからね。妻を国に置き、単身赴任する者も少なくないから、夫となる人次第かなあ」

「女だと、あまり外国に行けないのかしら?」

「王妃様なら、国賓を招いたり稀に陛下についてご公務で異国に訪問したりしていたよ」

 叔父はなんとなく答えただけだったと思う。しかし、その瞬間ルイーザの中で将来の夢が決まってしまった。

 抱いたのは、知識欲。自分の知らないものを知りたいと思ったのだ。働くことが推奨されない貴族の女性の中で、働くことを求められる女性。王妃になりたいと。

 まだ結婚や恋愛に夢見る年頃にもなっていなかった、幼いルイーザが突然王妃になりたいと宣言したことで、父は顔面蒼白。母は「娘に何を吹き込んだの」と叔父を叱りつけた。

 姉に叱られてしょんぼりと肩を落とす叔父を少々可哀想に思ったけれど、ルイーザの知りたいと思う気持ちは止められなかった。


 それから、ルイーザは両親に頼み込んで更に勉学に励むようになり、図書館に通っては異国の本も読み漁った。多くの友好国の言葉も覚え、知らない世界に夢中になっていった。

 成長し、書物で異国の知識を得るにつれ、この国にはない制度や歴史、文化の虜になっていく。

 例えば、学力の水準を上げる学園制度。例えば、孤児たちを救う福祉制度。

 反面、保守的なこの国で異国に心酔しすぎると時には売国奴のような扱いを受けることも理解できるようになったころには、新しい事を取り入れることと古き文化を守ることの匙加減についても考えるようになった。

 最初の切っ掛けは、素敵な絵本だった。自分の知らない素敵なものを、もっと知りたい、周りの人にも知ってほしいと。

 新たな知識を得ることの素晴らしさを広げるのがルイーザの夢だった。しかし知識を得るのも、生かすのも、貴族の一夫人では難しい。この国の最高位の女性になるのが一番だと子供心に思ったのだ。

 色々なことを学んで考えるようになるにつれて、自分が王妃になってやりたいことが増えていった。そのために必要なことは何でも学んだし、積極的に社交にいそしんで人望だって集めた。

王太子と顔を合わせられるようになってからも、彼に気に入られるようと淑女らしい振る舞いを心掛けたり、嫌味にならない程度の教養を滲ませたりとアピールをしてきたつもりだ。

 王太子に対して、流行りの舞台やロマンス小説で描かれるような恋情があったわけではないけれど、物腰が柔らかく横暴な人ではないし、振る舞いも王族らしく品がある。そんな彼の伴侶となるのは悪い事ではないと思っていた。

 肝心の王太子の心を射止めることができていないだけで。


 頭の痛みを誤魔化すように片手で瞼を覆いながらソファに寄り掛かると、部屋にノックの音が響き両親が入ってきた。

「ルイーザ、大丈夫かい?」

「……まあ、どうしたの、真っ青じゃない!」

「お父さま、お母さ……ま……うぅ」

 痛むのは頭だけではない。体中が痛い。体中の節という節が、きしむような音を立てた気がする。ルイーザは体勢を維持していられなくなり、ソファから崩れ落ちるように蹲った。

「ルイーザ! ルイーザ!」

「う、うう……痛……」

 焦ったように自分を呼ぶ両親の声が、段々と遠くなる。

 関節が痛い、体が熱い。更に、骨が歪むような感覚が襲う。

 次の瞬間、皮膚の上を何かが這うようなぞわりとした感触が全身を襲い、ルイーザは息を止めた。

 ぱきぱきと体内の何かが軋むような音が響き、寒くもないのに鳥肌が立つ。呼吸が浅くなり声も出せないまま蹲るように身を縮ませて、突然の異変をやりすごそうとした。

「る、ルイーザ!?」

 父が息を呑む音と、母の叫び声を最後に、体の異変がすっと止まる。

(な、なんだったの……? もしかして、毒でも盛られた……?)

「マチルダ!」

 無言でいる両親に目を向けると、母はふっと意識を失った。父は慌てて母が倒れないよう抱きかかえるも、その顔は蒼白で、唇が微かに震えている。

「わぅん」

(お父さま、どうなさったの?)

「わぅ」

(あれ、声が出ない?)

(心なしか、視界も低いような……あら私ったらなんで四つん這いなのかしら、はしたないわ)

 急いで立ち上がろうとしても、体がうまく言うことを聞かない。頭に疑問符を浮かべながら父に再び目を向けると、父は震える指先で窓を差した。

 夜の闇を映した大窓は、室内の光によって鏡のようになっている。

 そこに映るのは、窓を指さす父と、父に支えられて意識を失っている母。

 対峙するような位置でこちらを見返しているのは、今までルイーザが身に着けていたドレスから顔を出した、大きな犬だった。



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