エピローグ 僕と女の子と逆さ虹の森と
「おしまい」
女の子はパタリとスケッチブックを閉じました。
「えっ、おしまいって。
話は七つのしゃないの?」
僕は驚いて聞き返しました。
すると、女の子はクスクスと笑うと――
女の子はクスクスと笑った。
「お話なら、ずっと前にしてるじゃない。
七つ目の話は、私とお兄さんの話よ」
「僕とお嬢ちゃんの話?」
意味が分からない。今までの話に僕も、この女の子も一度だって出てきてはいない。
僕は女の子をじっと見つめる。女の子は相変わらずうつむいたままなので、表情を見ることは出来ないでいた。
(この子、少しおかしな子なのかな)
それならそれで好都合だ、と僕は思った。
「ねぇ、ねぇ、そんなことよりも――」
僕は、ごくりと生唾を飲み込むと、できる限り優しい声で話しかけた。
「お兄さんと面白いところに行かない?
お菓子も買ってあげるよ」
その言葉を聞いて、女の子の手がぴたりと止まり、言った。
「いいよ」
(ちょろいな)
女の子の言葉に僕は内心ほくそ笑んだ。
「でも、お兄さん、また変なことをするつもりでしょ」
上手く行くと思った矢先の不意討ちだった。想定外の言葉に心臓の鼓動がはね上がった。
「えっ? な、なにを言ってるの。
お嬢ちゃんとは今日はじめて会うだろ」
僕は少しどぎまぎしながら答えると、女の子はまた、クスクスと笑い始めた。
「初めて?
初めてって言うの。本当に、これでも初めてなの!!」
女の子がガバリと顔を上げた。
その顔を見て、僕はあっ!と声を上げる。
初めてではなかった。確かに僕はこの女の子を知っていた。でも、そんなことはあり得ない。何故ってこの女の子は二週間も前に、前に……
「お兄さん、ひどいことしたよね。
やめてって言ったのに、痛い、痛いって言ったのに」
女の子の目がズボリと顔に吸い込まれ、口が耳まで裂ける。
三日月形の口がニタニタと笑う。
洞穴のような落ち窪んだ両の目と真っ赤な口が僕の方を向いて笑っていた。
と、女の子が僕の腕をガッチリと掴む。
「行こう、お兄さん」
女の子が囁いた。
僕は悲鳴を上げる。
「逆さ虹の森へ」
僕は悲鳴を上げた……
多分、上げれたと思う……
誰もいない公園に風が吹き抜ける。
木の根に転がった一冊のスケッチブック。
スケッチブックは風に吹かれて独りでにパラパラとめくれ、やがて、一枚の絵が現れた。
渦巻く雲を背に浮かんだ逆さ虹の下に奇妙に捻れた木の森が描かれた絵だった。
その森に向かって血のような色の道がくねくねと曲がりながら伸びていた。
道には小さな女の子と男が描かれている。
小さな女の子に手を曳かれ男が寂しげな森に向かってゆっくりと歩いていくように見えた。
2019/1/17 初稿