冬眠から覚めたクマの話
女の子はスケッチブックをめくると紙一面を真っ黒に塗りたくった。
「それは一体なんなんだい?」
あまりに突飛な行為に僕は女の子に声尋ねた。すると「土の中」と女の子は顔を上げることもなく答えた。
成る程、確かに土の中なら真っ黒なのも頷ける。僕が妙な納得をしていると、女の子はさらに言葉を続けました。
「土の中には冬眠中のクマがいるの。
そして、丁度目を覚ましたところよ」
女の子はスケッチブックの真ん中に緑色の丸をぐるぐると描き始めた。
「逆さ虹の森のどこかで冬眠から目を覚ました熊がいました。
クマはクンクンと鼻を鳴らすと――」
逆さ森のどこかで冬眠していたクマが目を覚ましました。
クマはクンクンと鼻を鳴らします。
微かに春の匂いがしました。
クマは目を閉じたまま考えます。
(どうやら春が来たようだ。
さて、目を覚ますべきだろうか)
空気がまだ少し冷たく感じました。
(この分だと、まだ雪が残っていそうだ。
手足が雪で凍えたら堪らない。
お腹は少し減っているがここはもう少し春を待とう)
クマはもう少し起きるのを待つことにしました。
それから、少したちました。
クマは片目を開けました。
洞穴の入口から微かな光が差し込んできます。
(大分、光が強くなってきた。これなら雪もなくなっているころだろう)
クマは体を起こそうとして思い止まりました。
(いや、いや、例え雪がなくなっているとしても、まだ春の木の芽も出てはいまい。
空腹を抱えて食べ物を探すのなんてまっぴらだ。
もう少し、そうもう少し。木の芽が出てからにしよう)
クマは大分お腹が空いてはいましたがもう少し待つことにしました。
それから、大分たちました。
クマは両目を開けて、外の様子を伺いました。
外から漂ってくる空気にははっきりと花粉の香りが含まれていました。
(成る程、大分暖かくなっているようだ。
木の芽や花もたくさん咲いている頃だろう。
もう起きても良いかもしれない)
クマは上半身を起こしましたが、そこで少し考えました。
(いや、いや、待て、待て。
まだ待ったほうが良いかもしれない。
何故って蜜蜂たちはようやく働き始めたばかりでそんなに蜜も貯まってはいまい。
もう少し待って、ごっそり蜜をいただくほうが得策だ)
クマはかなりお腹が空いていましたが、大好物の蜂蜜をたっぷり食べることを考えると満足してしまい、そのまま目を閉じてしまいました。
そして……
春が過ぎ夏がやってこようとしていました。
クマは暗い洞穴の中で眠ったままです。
ぴくりとも動きません。
後には静けさだけが残りました。
逆さ虹の森に風が吹きます。
捻れた木々をすり抜けながら風が誰にともなく問いかけます。
『クマは一体どうなったの?』
『クマは永遠の眠りについた』と逆さ虹が答えました。
空に浮かんだ逆しまの虹が『怠惰の夢を見続けたまま』とニタニタ笑いながら答えました。
2019/1/15 初稿
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