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お人好しと評判のキツネの話

 女の子はスケッチブックをめくると、新しい絵を描き始めた。

(キツネ?)

 と思った。黄色のキツネが丸まって寝ている姿だ。

「逆さ虹の森にはお人好しといわれるキツネがいました」

 つまり、今描いているキツネがそのお人好しのキツネなのだろうかと思ったが、女の子はそのすぐ上にまたキツネを描き始める。上半身だけで、全体的に赤黒く、口に何かを咥えていた。

「ある日のことです。

キツネは浅い眠りから目を覚ましました――」

 キツネは目を覚ますと、すぐに違和感に気がつきました。口の中一杯に変な味が広がっていましたし、寝床にふわふわした毛がたくさん散らばっていたからです。

 最初、自分の毛が抜けたのかと思いましたが床に散らばっている毛は茶色が濃く、おまけに短かったので自分のものではなさそうでした。

 キツネはしばらく毛の持ち主が誰なのかを考えてみましたが思いつくことができませんでした。

「これはどうしたことかしら?」と、キツネは首をかしげながら外へと出ました。

 すると、なにか森が騒がしいではありませんか。

 森のあちこちから誰かが叫んでいる声が微かに聞こえてきましたし、頭上をハトやカラスがせわしなく飛び回っていました。


「コマドリさん、コマドリさん。

一体何を騒いでいるのですか?」


 丁度、頭上を通りすぎようとするコマドリにキツネは声をかけました。


「ああ、キツネさん。リスの奥さんが昨日から行方不明なのです。

それでみんなで探しているのです」


 近くの枝に止まったコマドリはそう言いました。


「まあ、それは大変です。

私も探すのをお手伝いしないといけませんね」


 と、キツネはそう答えました。

 リスの奥さんは最近、結婚したばかりです。

 キツネは心の中で嬉しそうに笑うリスの奥さんの顔を思い浮かべました。


「私はこの辺を空から探すので、キツネさんは下からお願いします。藪の中とか特に注意して下さいね」


 コマドリはそう言うとバタバタと飛んでいきました。

 キツネは飛び去るコマドリを見送りながら、ため息をつきました。

 キツネとコマドリとリスの奥さんは大の仲良しでした。

 ですから行方不明とは心配です。

 キツネは最後にリスの奥さんにあったのが何時だったのかを思い出そうとしましたが、何故か上手く思い出せません。

(結婚すると言われたのが一週間程前だったけれど、それ以降一度もあっていなかったかしら?)

 その後も会った気がするのですが、思い出そうとすると頭がぼうっとして、考えることができなくなりました。

 キツネは思い出すのを諦めると、リスに結婚すると言われた時のことを考えました。

(あれには驚かされたわ)

 キツネはその時のことを思い出して、そう心の中で思いました。

 リスとは理想の恋人とか、結婚について良く話をしたものです。その時にリスは決まって、恋人はいないし、結婚もしないと言っていました。それが全くの急に結婚すると言われている飛び上がる程驚いたのです。

 正直を言うと驚いただけではなく、裏切られたと思うのと、何でリスだけが結婚できるのか、と少し腹立たしく思ったものでした。

 何故、リスだけが?

 その時のことを思い出してキツネの心はまたなんとも言えない気持ちに包まれたました。

(いけない、いけない)

 今はそんなことを考えている場合ではないのです。

 キツネは首を振り、リスの奥さんを探しに森の中へと消えていきました。

 



 結局のところ、みんなの懸命な努力にもかかわらずリスの奥さんを見つけることはできませんでした。

 みんな、リスの奥さんのことを気にかけていましたが、それでも一週間、二週間とたつと段々忘れられて、一月もすると誰も何も言わなくなりました。

 この頃になると森のみんなの関心事は秋の舞踏会にうつっていました。

 特に舞踏会で投票で選ばれる森の一番さんが誰になるかは森の誰もが気にする所でした。

 一番さんは色んなジャンルがあります。歌が一番さん、毛並みが綺麗さんなどです。


「えっ、アライグマさんが今年の毛並み綺麗さんになるの?」


 キツネはコマドリに聞き返しました。たわいない会話をしていた時のことです。


「もっぱらの噂よ。

アライグマさん、方々にお願いして回っているらしいわ」 

「まあ、そうなの」

 キツネはお腹が微かに重くなるのを感じながら言いました。

「私は、今年はキツネさんが取るんじゃないかと思ってたのよ」

「いえ、私なんて無理ですよ」

「あら、そうかしら。

取れると思うんだけど、ずっと二位ですもんね。去年も、その前も」

「だから、その程度なのですよ」

 と答えなからキツネはお腹のしこりがまた少し重くなるのを感じました。

「あら、そうかしら。

あなたもみんなにお願いすれば、いけると思うけれどね」

「私、人にお願いするの苦手なんです。

それにお願いして一番になるとか、なにか間違ってると思うし……」

「あらあら、お人好しの貴女(あなた)らしいわ。そんなこと言ってたらずっと一番にはなれないわよ。じゃあ、私、用事があるから行くね」 

 コマドリは笑いながら飛んでいってしまいました。

 それを見送ったキツネは少し頭を項垂れて、とぼとぼ歩き始めました。

 本当のことを言えば、今年の毛並み綺麗さんを狙っていたのです。入念に水浴びをしたり、食べるもの、寝る時間にも気を配っていたのです。なのにコマドリの話を聞いて暗い気持ちになってしまいました。それでもいつもの日課で水浴びに行くと先客がいました。

 アライグマです。

 アライグマが川で体を洗っている最中でした。

 その後ろ姿を見たとたん、キツネの心に、なんでアライグマが一番なんだ、という思いがむくむくと膨れ上がりました。

 同時に、みんなに頼んで一番になるなんて卑怯だ、と思いました。さっきから感じていたお腹のしこりは今では鉛の塊を飲み込んだようです。

(憎い、憎い、憎い)

 キツネの耳のすぐ後ろで誰かが囁きました。

 飛び上がらんばかりに驚いて、後ろを振り向きましたが誰もいません。念のために周りを確かめて見ましたがやはり誰もいません。

(ああ、悔しい、悔しい

アライグマが恨めしい)

 また、声が聞こえました。また、真後ろです。慌てて振り向きましたがやはり、誰もいません。

(お化け!?)

 キツネは声にならない悲鳴をあげると、一目散に家に逃げ帰りました。



 家に帰った後、キツネは気分が悪くなりそのまま寝込んでしまい、森に出たのは変な声を聞いてから二日も経っていました。

 まだ調子が戻らないキツネはそれでもふらふらした足取りで川へ行きました。

 ずっと水浴びをしてなかったらか体がひどく汚れているのが嫌だったのです。特に黒ずんだシミのような斑点があちこちについているのがひどく気になりました。

 その途中でコマドリに会いました。

 挨拶をするとコマドリからとんでもない話を聞かされました。

 なんとアライグマが殺されたという話です。

 二日前に川で背中をざっくりと引きさかれた姿で見つかったとのことです。


「この森に恐ろしいなにかが潜んでいると思うと、私、怖くてたまらないわ」とコマドリはブルブル震えながら言いました。

「もしかしたは、リスの奥さんも、そのなにかに殺されてしまったんじゃないかしら。

あら、どうしたの?

気分が悪そうね」


 キツネは顔をしかめていました。確かに気分が悪かったのです。特にアライグマが死んでいるのを発見された、というくだりから頭がガンガンと痛み始めました。

 

「はい、すみません。このところ調子が悪くて、失礼して顔を洗ってきます」

 

 コマドリと別れて、やっと川にたどり着いたキツネはぐったりと倒れこんでしまいました。

 めまいがひどく、目が開けていられないのです。その上、何か変な声が頭の中に響いてきました。


 リス     


      嘘つき


 裏切り者     憎い


   なんでおまえだけ


 おまえだけ  おまえだけ   


   ダメだ   ダメだ  


      憎い  


 アライグマ アライグマ


   おまえ    


 卑怯者  ずる

 

      恥知らず


  汚い  おまえなんかより


   わたしが   私の方が


 綺麗  

      

      キレイ    きれい

 

 キツネは歯を食いしばって頭から声を追い払いました。

 どうやらそれに成功したキツネはしばらく、荒い息をついていましたが、顔を洗おうと川に手を入れました。

 キツネは黒ずんだ手をごしごしと洗いました。


「ひぃ」


 突然、キツネは悲鳴を上げました。

 なぜなら川が真っ赤に染まったからです。そして、真っ赤に染まった原因が自分の手の汚れであることが分かったからです。

 黒い染みは血だったのです。

 そのとたん、キツネの頭の中に稲光(いなびかり)のように、恐怖に震えるリスの奥さんの姿、背中を切り裂かれてぐったりとしているアライグマの背中、が現れました。

 キツネはパニックに襲われと、闇雲に逃げ出しました。

 再び、頭の中に不気味な声がこだまし始めました。今度は、経験したはずのない場面も頭の中に次々と浮かんでは消えていきます。


 キツネは何かから逃げようと必死で森を駆け回りましたが、やがて力尽きて地面に倒れこんでしまいました。息も絶え絶えになりながらキツネはうわ言のように呟きます。


「嘘よ。嘘、嘘。

私、リスもアライグマも殺してないわ。

そんなの嘘よ」


 そうして、ヨロヨロと立ち上がうとしたキツネは、今、自分がどこにいるのかに気がつきました。


「根っ子広場……」


 根っこ広場は、逆さ虹の森の中でも特に不思議な場所として有名でした。根っこ広場で嘘をつくと根っ子が伸びて来て絡みつくと言われていました。


 キツネは恐る恐る足元に目をやりました。


「ああああ」


 自分の足に絡みつく根っ子を見て、キツネは恐怖の叫び声を上げました。




 逆さ虹の森に風が吹きます

 捻れた木々をすり抜けながら風は誰にともなく問いかけます。




『キツネはどうしちゃったの?』





 『食い殺した。食い殺した。リスとアライグマともう一人の自分を』と逆さ虹が答えました。




 空に浮かんだ逆しまの虹が『根っ子と嫉妬に絡めとられた』とニタニタ笑いながら答えました





2018/1/15 初稿

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