プロローグ スケッチブックを持った女の子
『今日の天気は晴れ。所によって一時雨。夜半からは晴れるでしょう』
コンビニの店員が所在なげにカウンターの隅のテレビを眺めていた。
ドンと音がしたので店員が振り返ると、客が一人立っていた。
店員はのろのろとカウンターに置かれた品物をレジ袋に詰めていく。
お茶のペットボトル一本。飴一袋。そしてフランクフルト一本。
客は品物と釣り銭を受けとると無言のままコンビニを出る。
「ありあとっしゃぁ」
日本語とは思えない掛け声を出ていく客に浴びせると、店員は再びテレビに視線を戻した。
『……警察は二週間前から行方が分からなくなった浜田光さん、9歳の公開捜査に踏みきりました。
光さんは……』
店員は大きくあくびをするとテレビのチャンネルをガチャガチャと切り替え始めた。
僕は食べ終わったフランクフルトの串を投げ捨てるとぶらぶらと当てもなく歩き始める。
真冬の公園には人気もなく、寒々とした裸の木々が疎らに立ちすくんでいた。
ブランコにも滑り台にも子供たちの姿はない。
僕は少しがっかりしながら、ポケットに手を突っ込んだまま歩き続けた。
と、
不意に雨が降ってきた。
冬の雨は錐のように体に突き刺さる冷たさだ。芯から凍える。僕は慌てて手近の木の下に雨宿りをした。
鉛色の厚ぼったい空から降る雨は一向に止む気配を見せない。恨めしそうに空を見上げる僕の耳に微かに物と物が擦れる音が聞こえてきた。
シュ シュ シュ シュ
シュ
シュシュ
音は木の裏側から聞こえてくる。そっと木の裏側を覗いてみると、一人の女の子がいた。
木の根っこに座り、スケッチブックになにかを一心に描いていた。
白いブラウスに赤いスカート。うつ向いているから顔は見えなかったが、形の良い頭の輪郭からきっと可愛い子なのだろうと思った。
何を描いているんだろうと、そっと覗いてみる。
奇妙な絵だった。
何もかもがぐにゃぐにゃと歪んでいる。ぐるぐると渦巻く灰色の雲の下、くねくねと捻れた木が乱立した森をのたくりながら一本の道が走っている。その道に人らしき影が一つ森に向かって歩いていく様子が描かれていた。
「逆さ虹の森だよ」
何を描いているの? と、聞く前に女の子が言った。
虹なんてどこにも描かれていない、そう言おうとした僕の先手を打つように女の子はぐるぐる渦巻く雲の上に橙色のクレヨンでスーッとU字の線を引いた。
虹の橙なのか。なるほど逆さ虹だからU字形な訳だ。そう思っていると女の子はまた、口を開いた。
「逆さ虹の森には七つのお話があるのよ。
聞きたい?」
唐突な質問に戸惑っていると「聞きたいでしょ」と女の子は続けて言った。まるで僕の意志など関係ないと言わんばかりだ。
「一つ目は森で一番歌が上手かったコマドリのお話よ」
女の子は、そう言うとスケッチブックを一枚めくった。
2019/1/14 初稿




