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第4章 その12 カントゥータの覚悟と、リウイを投げた者


           12



 沈みゆく船から逃げ出すネズミのように。


 アトクの右の眼窩から、白濁した石のようなものが、ずるりと抜けた。


 石は、太い繊維の束を引きずって、重力に反して浮かび上がった。

 ふよふよと頼りなく、しかし着実に。

 独立した生き物のように浮遊する物体に、カントゥータは驚き、目を見張った。


 赤い魔女セレ二アの指導でそれを開発したグーリア帝国軍は、『独立生体接続端子』と呼んでいた。

 独立して思考し生命活動も可能だが、その真価は、他の生命体と『接続』したときに発揮される。

 もとの生命体の持っていた情報を吸い取りコピーし、取り入れる。そのことで、様々な状況の変化に対応できるのである。


 つまり端的に言えば『寄生』だ。


 カントゥータの兄、アトクが本当の意味で絶命してからも尚、みるみる朽ちていく身体の中で『生体接続ユニット』は、なおも自身のみは存続しようと働きかけていた。


 アトクと呼ばれていた、この個体は、じきに生命活動を停止する。

 それが容易に推測されるため、『ユニット』は自身の保護のため動き出したのだ。

 アトクの遺伝情報を持って。


 向かっているのは、アトクが乗用していた駆竜である。

 投げつけられた火薬弾によって腹部に大穴が空き、倒れていたものだ。

 そこへ、アトクの右目から抜け出した『白い石』が、飛び込んでいく。


 駆竜の腹に、石が、はまり込む。

 そして、みるみる、穴が埋まっていった。

 石から伸びていた繊維束は、いわば神経束。それが駆竜の骸……半分死にかけの……に取り付き寄生し、足りない皮膚や筋肉に、粘液質の弾力のある物質を張り巡らして補っていく。


 しばらくすると、腹が吹き飛んでいた駆竜は、腹に白い石を眼球のように貼り付け、半透明な粘液状の肉でつないだ、補修された駆竜となって、立ち上がった。


 縛めていた、村への侵入者を阻む《聖なる結界》のウェブが、駆竜の巨体から、ほどけていく。


《アトクの遺伝情報により、『ウェブ』は解けた。これより殲滅指令続行。この個体は駆竜部隊を統率、指令下に置く》


 感情の無い無機質な声が言うところは、カントゥータにも、想像がついた。


「こいつは村で暴れている駆竜たちの指揮官になるってことか!」


 カントゥータが知らないこともある。

 今回の襲撃でアトクの率いていた部隊の本質だ。


 駆竜に騎乗していたのは、指揮官だったアトク以外は、すべて人形。

 実質は、駆竜たちに殲滅や破壊を行わせるための部隊だったのである。


「行かせるか!」


 カントゥータは、再び投石紐を握った。

 先ほどは火薬弾も効果をあげたのだ。

 拳大の火薬弾を投石紐ワラカで打ち込む。


 投石紐がうなり、空気を奮わせて火薬弾が飛び、駆竜の腹にあたる。


 轟音。


 爆発と共に煙がたちのぼり、駆竜を包み込む。


 だが、火薬の硝煙が薄れてみれば、先ほどとは違う様子があきらかになった。

 爆薬が、駆竜の身体に損傷を与えていないのだ。


 腹部に取り付いた『石』のせいだと、カントゥータは悟る。


 駆竜の身体全体を、粘液状の薄膜が覆っていた。

 それは常識を凌駕する異質な『バケモノ』と化した、もはや生命体ではありえないモノだった。


「ばかな……こんなものを、村に入らせるわけにはいかないっ」


 突進する駆竜の巨体の前に立ち、カントゥータは、持てるかぎりの火薬の残りを駆竜に投擲した。

 しかし、全て、到達する前に炸裂してしまう。


「あの『石』が!」

 あれを壊し、滅ぼし、消滅させろと、アトクは言い残した。

 その意味がわかった。


 なんとしても、駆竜の突進を止めなくては。

 火薬がダメなら、直接、ぶつかってでも。

 カントゥータは覚悟を決め、立ちはだかった。


 駆竜は、どんどん近づいて来る。

 小山のような巨体が。


 だめか。

 自分の身体などでは。

 ぶつかっても突進を阻めはしないだろう。


 戦士として死ぬ覚悟はあったが、はね飛ばされて死ぬのは、本意ではないな……


 ふと、そんなことを思った。


 そのときだった。


 びゅんっ、と、空気を切る音がした。


 彼女の後ろから、何かが飛んできて、駆竜の、巨体に比べれば細い、足にぶつかり、ぐるんぐるんと巻き付き、一瞬にして動きを止めた、ものがあった。


 柔らかい革紐の先に石を包んだものが、投げつけられ、駆竜の足を絡め取ったのだ。


 突進していた勢いは、そのまま消えず、駆竜は自らの体重とスピードによって、激しく転倒した。

 運動エネルギーが全て、駆竜へのダメージとなった。


 駆竜の足を絡め取ったのは、リウイという、道具だった。


 直接攻撃をする武器ではない。

 だが、効果的に使えば、身を守ることができる。

 かつてカントゥータが、ある少女に贈ったもの。


「お義姉さまっ! とどめを刺して!」

 せっぱつまった叫びは。

 その場にいるはずのない少女の、かわいい声だ。


 はっと振り向いたカントゥータの目に映ったのは。

 三つ編みにした長い黒髪、水精石色の目を輝かせた、十三、四歳の美少女だった。


 精霊の森に連れ帰られたはずの、カルナックが、そこにいたのだ。


「嫁御! 無事だったのか!」

 驚きと喜びに包まれるカントゥータ。


「お義姉さま。その石を、壊してっ!」

 叫びながら、カルナックは、けんめいにカントゥータに駆け寄った。



《何だ? なにものだ……指令を阻むモノ……おまえ、は》


 キュイイイイン。


 機械音が響いて、倒れた駆竜の腹に張り付いていた『白い石』は。


 カシャッ、と、シャッター音を響かせた。


 内蔵する撮影機器に、目にしたものを記録するために。




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