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第4章 その6 戦場の記憶


            6


 生まれた村へ帰ってきたことに、アトク本人は、なんの感慨も湧かない。


 出迎えろと口にはしたが、何年たっても相変わらずの辺鄙な村、家畜の世話をして暮らす村人たちには関心を持ったこともなかった。


 生きる実感は、戦いと、殺しの中にしかない。

 そのことを、アトクは、生まれながらにして知っていた。


 はっきりと自覚したのは、村を出奔して傭兵となり流れに流れてたどり着いたグーリア帝国でのことだ。


 そこで出会った、血のように赤い髪と、暗赤色の目をした『赤い魔女セラ二ア』は、一目でアトクの本質を見抜いたのだ。


 地位も金も女も望んでいない。

 出世も、やりがいのある仕事も要らない。


『おまえはただ殺しがしたいだけ。たまにはいるんだねえ、おまえみたいな面白いヤツ』

 赤い魔女セラ二アは、アトクを気に入った。


 神祖ガルデル帝にも信用されていたので、アトクを推薦したのだ。


 常に、最前線に。

 常に、厳しい戦場に。

 常に、殺戮を行える環境に。


 そしてついには、圧倒的な力の差で敵を粉砕、殲滅するために改良されたグーリア帝国騎士竜、通称『駆竜』を操る遊撃隊『ベレーザ』の一軍を任された。


 皇帝である《神祖ガルデル》も、それを喜び、彼の戦いぶりを愛でた。

 黒曜宮殿に呼ばれ拝謁がかない、皇帝から、期待していると直接、声を掛けられたことさえある。


 だからといってアトクは満足もしなかった。

 慢心することもなかった。


 欲していたのは、戦いと殺戮だけ。

 どんなに多くの命を奪っても彼は満足できなくなっていた。


 覚えている、最も新しい戦場は。

 サウダージ共和国との小競り合いだった。


 この国は、魔法を用いない。

 魔法自体が存在しないと公言している。


 だが、前線で戦ったアトクの部隊は知った。

 魔法よりたちの悪い最新兵器と、大っぴらには存在しないことになっている、人を害するためにのみ生み出された『闇の魔導』を放つ敵を。


 駆竜よりも早く動く、四角い鉄の箱に乗った兵士が、奇妙な、火を吐く棒で、鉛の弾を撃ち出してくる。これで『ベレーザ第三軍』の多くは傷を負い。斃れた。


 かと思えば人の頭ほどもある石球を飛ばす『砲』で、駆竜ごと吹き飛ばす。

 そして、負傷した兵の傷が癒えない『呪い』を撒き散らす闇の魔道具。


 それは、まるで。

 実験のようだった。


 どうすれば、効果的に、自軍の損害なく敵兵を無力化できるか、という。


 相手の兵士の損害の多少には考慮していない。

 そのために、敵兵が必要だったから。


『だから、おれたちはそろそろ始末される頃合いだったんだよ』

 とっくに戦死した『左利き(ヨケ)のランギ』なら口にしそうな、そんな言葉が、右目を失って斃れたアトクの脳裏をよぎった。



『ねえ、ねえ《野生児アトク》。まだ戦えるかい? まだ殺せるかい? 起き上がれるようにしてあげたら』

 戦場に現れた幻の女が、囁いた。

 赤い魔女。

 つま先は地面に届かず、浮いていた。



 アトクは初めて、衝動を感じた。

 もしも、この女を殺せたら。

 首を絞めて胸を刺して。

 そうしたら、快感を得られる気がした。



『なんだい、やっと女に興味が持てたのかい坊や』

 赤い魔女が、笑う。

『でも、もう遅い。遅すぎたね。後の人生は、ぼくが貰ってあげる。有効に使ってあげるから、心置きなく…………死んで?』


 アトクの眼前で、赤い閃光が弾けた。


             ※


『そんな物体モノが欲しいの? セラニス』

 肩までの金髪に、藍色の瞳をした美少女が、赤い魔女の隣に出現した。

 年の頃は十五、六歳。

 いたずらっぽい笑みを浮かべて。


 むろんアトクは知る筈も無いことだ。


『持って帰って使うよ。ミリヤも、お散歩もいいけどそろそろ「ルルイ」の公邸に戻りなよ。国家元首が最前線を見物にきてたなんて外聞が悪い』


『魔の月、セラニス・アレム・ダルともあろうものが、そんなこと気にする? おかしいの!』

 ミリヤは声をあげて笑い転げる。


『きみはまだまだ、育成しないといけないようだ。ぼくの母さんには及ぶべくもない。まるで魂のない妖精だ』

 セラニスはため息をつく。


『くすっ』

 少女は、小さく笑う。


『あら、新しいイル・リリヤは、この、あたしでしょ? だけどあたしは、誰の命令も受けないわ。だって、あたしは、自分がいちばん好きなんだもの。あなたも、窮屈なことばっかり言うなら、嫌いになっちゃう』


『まったく……育て方を間違ったかな』

 赤い魔女は、眉をあげて、

『持って帰るの手伝って。ランギ』

 サウダージ共和国軍の『鉄の箱』に、声をかける。


『ぼくには実体がないんだから。その「戦車」で運んでよ』


「人使いの荒い魔女さまだ」

 戦車が近づいてきて、装甲が開き、昇降口から、一人の男が降りてくる。


 それは、以前グーリア帝国軍にいた男だった。

 左利きのランギと呼ばれていた……。


『ねえランギ。賭けは、ぼくの勝ちだね。この坊やは、結局、破滅した。ランギってば、ずいぶん肩入れしてたね。忠告までしてさ』


「死にそうなやつだったからな。いや、死にたくて生きてたのかもな……」

 ランギの顔色は、冴えなかった。


「おれみたいになる前に、逃げてくれりゃあ、よかったが」

 自嘲のように、つぶやいた。


『無駄な温情だったね。こいつはダメだ、殺すために生きてたみたいなやつ。生きながら死に、死にながら生きる。この坊やに、ふさわしいよ』



          ※



 欠けた月の一族の隠れ住む村の入り口に、佇む、ひとりの中年女の姿を認め、アトクは駆竜を停めた。


「よく還ってきたね、アトク。何年ぶりだろう」

 女は、目に涙を浮かべていた。


「たとえ、おまえが災いを村に運ぶ悪霊だとしても。あたしは、おまえにまた会えて、嬉しいよ。おかえり、アトク……」


《認識した。アティカの村長、ローサ・プーマ》


 アトクの右目を覆う包帯の中から、無機質な声がした。


《殲滅対象の一人。アトク。命令だ》


「うるさい! おれに命令するな! おれの好きにする」

 アトクは頭を包んでいた布を引きはいだ。

 同時に、ローサが、息を呑む。


 ローサの長男、アトクの右目は、無かった。


 かわりに眼窩に嵌まっていたのは、濁った白い石のように見える物体だった。

 それは、感情の無い声を、再び、発した。



《殲滅せよ。特務部隊ベレーザ第三軍、アトク。殲滅対象は『欠けた月の一族』全て》



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