第4章 その4 クイブロ、村へ帰還する。(アルちゃんと一緒!)
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近づいて来るにつれて、銀色の竜が、どれほど大きいのかが、はっきりとわかるようになる。
背中に乗ったクイブロ、コマラパ、カントゥータの三人は、竜の巨体に比べるべくもなく、小さく見えた。
何か叫んでいるのだろう。
三人とも手を振っている。
昇る太陽を受けて、銀竜の身体を覆う鱗は、銀と青と緑色に照り返し、きらめいた。
「ローサ、クイブロたちが帰ってきたんだな」
背後で声がして、ローサは振り返る。
「黙って起き出していくから、心配したぞ」
夫のカリートだった。
「無茶するな」
と言いながら、腕に持っていた肩掛けを広げて、ローサの肩や背中を覆うように被せた。
「あたたかい」
ローサはつぶやいて、肩掛けを首元にかきよせた。
「あんたはいつもそうだった。いつの間にか、そばにいてくれて」
「おれたちは伴侶同士だろ」
カリートは、照れたように笑った。
「おまえの荷物は、半分とまではいかないかもしれないけど、おれも手伝うから。持たせてくれ」
まぶしそうに見上げながら、カリートは、ふとつぶやいた。
「クイブロの嫁御は、どうしたんだろう? 姿が見えないが」
「……おや、ほんとうだ。クイブロの隣にいるものと思っていたけど……?」
バサバサと羽音をたてながら、銀竜は村の入り口から少し離れた地面に降り立った。
「お久しぶりでございます。貴き銀竜さま」
『ああ、懐かしいな。ローサ・トリエンテ・プーマ。そしてカリート』
「はい」
神妙な声で、カリートは答えた。
「初めて、お目どおりが叶いました。おれの成人の儀のときは、お声を聞いただけでしたので」
『ああ、あれか。悪いな。男に会ってもつまらん。そのかわり、加護は与えただろう。おまえが願っていたとおりに。こう申しておったよな。「おれは幼なじみのローサを助けになりたい。生まれながらに将来は村長になることが決まっているローサ、優しいあの子の涙を止めてやりたい」と、こうだったの?』
「あわわ! 銀竜さま、ご勘弁を! 恥ずかしいです!」
真っ赤になったカリートは、両手をばたばたと振って慌てたが、銀竜の言葉は、その場にいた全員が、しっかりと聞いていた。
『そうか? 儂は感心したのだぞ。まだ好意を打ち明けてもおらぬ、他の男を婿に選ぶ可能性もあるローサに、生涯尽くしたいと、おまえはルミナレスの頂上を間近にして誓った。だから、会うまでもない、加護を授けてやろうと思ったのだ』
「あ、あんた、そんなことを成人の儀で!?」
ローサまで、顔を赤くした。
「あたしに告白するより前に、銀竜さまに打ち明けるなんて」
「え、怒るのはそこか? 自信なかったんだ、お、おまえに言い寄るやつは大勢いたから……みんな、力も強いし顔もいいし。なぜだか、あいつらみんな、出稼ぎに行っちまって、まだ帰ってきてないけど」
「それは、あたしが、全員、こっぴどく振っちまったせいだよ。村には惜しい人材だったけど、暑苦しくてさ」
ローサは、恥ずかしそうに笑った。
「バカだね。あたしは、ずっと前から、選ぶならカリート、あんただって」
「ローサ! う、うれしいよ」
『そこらへんにしといてくれんかの。このぶんだとクイブロとカントゥータに、来年また弟か妹ができそうだのぅ』
抱き合っているローサとカリートに、銀竜は声をかけた。
「え? は、はい!」
「すみませんでした。でも、おかげさまで夫婦仲もよく」
『それはわかっとる。おまえたちの将来は、わしが視ておったからの。では、降ろすぞ』
銀竜は、膝を折る。
まずカントゥータ、続いてクイブロ、最後にコマラパが、地面に降り立った。
「ただいま、母さん、父さん!」
「おかえりカントゥータ! コマラパ老師さまと、ちゃんと見守りをしてくれたんだね」
「かたじけない。村の大切な働き手であり護り手である跡継ぎのカントゥータ殿を、わたしなどの護衛につけてくださるとは、重ね重ね、感謝いたします。ローサ殿」
「コマラパ老師にはお世話になっておりますから。でも、うちの跳ねっ返りが、護衛などできましたか、心配でした」
「なんのなんの。こちらこそ、助かりました。魔獣も出ましたが、カントゥータ殿は本当にお強い。まるで十人以上の戦士に守られているようでしたよ」
「まあ、お上手な」
「そうだろ母さん。わたしは強いんだから大丈夫だって」
「カントゥータ。おまえは確かに戦士としては一流だよ。でも、謙遜とか自重という言葉は、おまえには無縁のようだね……」
ため息をついた、ローサは。
皆から離れ、所在なげに立っているクイブロに、目をやった。
「おかえり。クイブロ。どうしたんだい、しょんぼりして。銀竜さまの背中に乗せていただくなんて、この村始まって以来のことだよ。成人の儀もうまくいったのだろう。おめでとう」
クイブロは、うつむいた。
「うん。おれとルナはルミナレスの頂上に登った。銀竜様に出会って、加護をもらったよ。でも、ルナは……精霊の森に、連れ戻されちまったんだ!」
コマラパが前に出て、ローサに説明した。
「わたしの娘、カルナックは、クイブロと二人でルミナレスの頂上に挑み、銀竜様にお目通りが叶い、加護を頂きました。ただ、そこへ、養い親の精霊様たちが訪れ、警告したのです」
一刻の猶予もない、と。
「村に危険が迫っている。カルナックの身が心配だから、いったん精霊の森に連れて帰る。危機が去ったならば、あらためて迎えにくるようにと」
「……ああ、やっぱり」
ローサは深いため息をついた。
「今朝の夢見に出てきましたよ。アトクが還ってくる。でも一人じゃ無い。暗い影を、しっぽみたいに長く引きずってた。縁を切ると言って飛び出していった息子だけど、それでもなお『欠けた月』の一族です。村の結界を、アトクなら越えられる」
ローサは言葉をとぎらせた。
カリートが続けた。
「いつか戻ったら、村長のローサと、跡継ぎのカントゥータを殺す。村を滅ぼしてやると、捨て台詞を残して出て行ったんです」
「情報屋の『早便』が、アトクが還ってくると噂を聞いたと言っていた」
カントゥータは、つぶやいた。
「だが、あいつ、どこでそんな情報を仕入れた……?」
「それすら何者かの謀かもしれんな」
コマラパは断じた。
「やらかしそうなヤツに、心当たりがないでもない……」
『セラニス・アレム・ダル』
銀竜が言った。
『このところ、おとなしくしていたようだが。陰で何かを仕込んでおったのかもしれんのぅ。性格の悪いやつだからな』
そして銀の竜は、身体を揺すった。
銀色の鱗がきらめいて、光が飛び散った、あとには。
長い銀髪に、フェードラ(ルビー)を思わせる透き通った赤い目をした、背の高い青年が、たたずんでいた。
『しばらくは、この姿でいるとしよう。竜の身体では目立つ。さあ、みんな。村に入ろうではないか』
「銀竜さま。村にお越しいただけるのですか」
おずおずとローサが尋ねる。
『儂は、その昔に、『本当の』イル・リリヤより使命を授かったでの。長い間、おまえたちの成長を見守り加護を与えてきた、いわば、親……いや、おじいちゃん、か。可愛い曾孫たちの危険を見過ごすわけがなかろうよ。助けてやるとも』
そして、そっと、つぶやいた。
『ルナにも、約束したのだ。なあ、クイブロ?』
「うん」
静かだったクイブロが、うなずいて。
「約束した。戦って、勝って。ルナを、迎えにいく!」




