第4章 その3 傭兵部隊ベレーザ特務第三部隊アトク
3
《殲滅せよ》
部隊に課せられる任務は、いつも唐突で容赦なく、絶対に遂行しなければならないものばかりだった。
グーリア帝国外部委託軍。
別名、傭兵団ベレーザ。
グーリア皇帝ガルデルの名において貸与された特別に訓練された駆竜を駆り、前方にあるものを蹴散らし踏みにじり蹂躙し略奪し。
彼らは必ず、期待される通りに殲滅作戦を遂行し、完了を報告する。
「それ行け!」
アトクは、伝令管を足首に取り付けた小型飛龍を空に放つ。
灰色の地肌に、青い羽毛にびっしり覆われた翼を持つ飛龍は一目散に空中高く上がり、藍色の空に溶け込んで姿が見えなくなった。
「ったく、お偉いさんは命令して報告を待ってりゃいいんだから気楽なもんだなあ」
部隊の副長《左利きのランギ》が、まぶしそうに空を見やる。
ちなみに傭兵団ベレーザに長はいない。
名目上、彼らはグーリア帝国神祖ガルデル帝直属の手足であるからだ。
「殲滅完了だ。おれはまた暇になる」
《野生児》は不機嫌そうに顔を歪ませる。
「アトク。そろそろ潮時じゃねえかなあ」
傭兵になって三年目の、まだ若いアトクを、今年で四十になるランギは、何かと気に掛けていた。
『おめえは殺しすぎる。異常だよ。殺すのが仕事だが、その質がな……』
部隊全体で、東南のエリゼール王国の国境都市殲滅の任を請負い、向こう側の、気力も魔力も兵士の質も数段格上の王立軍を叩いているときに、そう言った。
「いい調子で連戦連勝してるのにか」
アトクは、にやにや笑っている。
不思議な高揚と多幸感に包まれているのだ。殲滅のあと、いつもそうなる。
そんなアトクに、《左きき》のランギは水を差す、
「だからだ。もうじき、おれたちは要らなくなる。こういうときはな、片付けられちまうんだよ。傭兵なんてものは」そして付け加える「うまく逃げださねえとよ」
それがヨケ(左利き)・ランギと交わした最後の会話になった。
※
もの言わぬ骸となったランギを見下ろして、アトクは無言で立ち尽くしていた。
部隊は全滅した。
最初から無理な任務だったのだ。
どの国の兵団も、サウダージ共和国の最新装備に対しては、なすすべもなく敗退した。
グーリア帝国兵団も、同様だった。
ただ、それだけの話だった。
「そばへ寄ることを許す。ベレーザ特務第三部隊、ただ一人の生き残りアトク」
神祖ガルデルが、まだ生きていたとは、知らなかった。
「今後の働きを期待し、わが軍が開発した武器を授ける」
平伏し、有り難き幸せですとのみ答え、下賜されたものは、なんであれ押し頂く。
皇帝の前に出て、ほかの選択肢などはあり得ない。
『おまえは狂っている』
直接下賜された魔道具に手をのばしたとき、ランギの声が聞こえた、気がした。
空耳かもしれない。
「アトク・プーマ。おまえの情報は有益だった」
今、しゃべっているのは誰だ?
男の声でもなければ女の声でも無い。
しかし神祖ガルデルの前でひれ伏しているアトクには、その姿を見ることはできなかった。
「おまえに新たな任務を授けよう」
※
リン! リン!
ガシャーン!
けたたましい音が、村人たちの眠りを破った。
この「駆けた月」の一族の村の周囲には、数百年の昔、イル・リリヤからの使命を帯びた先祖たちが村を興した際に、「結界」が張り巡らされている。
外敵の侵入を防ぐためである。
そして、その「結界」を越えてなお外敵、悪意を持つ者が万が一入り込んだときのために、警報が鳴るように仕掛けてあるのだ。
悪霊がやってくる。
村境を越えて、結界を破って。
そのはずだ、悪意を持っていてもアトクは、息子なのだから……
※
その朝、村長、ローサ・トリエンテ・プーマは、その朝、空が白みはじめるよりも前から起きて身支度を調えて待っていた。
(あの子が還ってくる)
ローサは不吉な夢を見て目覚めた。
アトクが帰還する。
最悪の形で。
「ばかな、子だよ……」
その昔、彼女の成人の儀で、銀竜に出会った。
加護と共に、警告を受けた。
いずれもうける息子たちの中に、『赤く染まる』者が出てくるだろうと。
その者と、戦うことになるだろう。
まだ少女だったローサには想像もつかなかった。
将来、結婚することさえ、まだ考えてもいなかったのだから。
村の入り口で立ち尽くすローサは、その夜明けの空に、銀色の輝きを見た。
遙か上空を飛び回る銀の光。
それはローサにとって、救いの光のように見えた。
しだいに銀の光は近づいてきた。
そして間もなく、光は銀色の巨大な竜であり、その背には、クイブロ、コマラパ、カントゥータが乗っていることが、ローサにも判別できた。
『大きくなったのう。ローサ』
胸に響く柔らかな声に、ふいに懐かしさと驚きがこみあげた。
「銀竜さま!?」




