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第1章 その9 ルーンが告げる、旅立ち


9 


 コマラパが精霊の森に来てから(放り込まれてから)どれくらい過ぎただろうか。


 精霊達が「カル坊」と呼んでいる黒髪の子どもは、一定の間隔で休息をとる必要があるらしい。仮にそれを夜とし、一日の目安とすれば、コマラパは森で半年ほど暮らしたことになる。



「たぶん、そろそろ半年だ。外のことが気になりだしてな」

 相変わらずチェス盤に向かいながら、コマラパが言う。


「やだ。遊び相手がいなくなる」

 こどもは抗議した。


「優しい兄さんと姉さんがいるだろう」


「二人ともゲームには興味がないみたいだし。レフィスはちょっと隙を見せると「ちゅー」してくるし。ラトはすぐ甘やかすし。これってどうなの? 教育上よくないんじゃないの。過保護だよね」

 コマラパが森で暮らすようになってから、語彙が増えてきた「カル坊」だった。


「うん、まあ、坊主には、それくらいがいいかもしれんな。たくさん甘やかしてもらうといい」


「なんだよ、それ。おれは子どもじゃないよ」

 どうみても七歳にもなっていないようすの「カル坊」が、不満そうに唇を尖らせた。


「自立心の芽生えはいい傾向だが……」

 コマラパは、判断に迷った。


 精霊の森で暮らすうちに知ったことがある。


 この子どもは、精霊と精霊火に触れることで行われる「浄化」を必要としている。

 新しい白い衣を着せてもらっても、いつしか黒く染まってしまうという現象が、それを表している。


魂に深く刻まれた傷が、あるのだ。

 まだ傷は癒やされていない。

 精霊たちの寄せる無償の愛情で、ゆっくりと癒やされつつはあるけれども。


「そもそもわたしがレギオン王国を訪れたのは『聖堂』に召喚されたからだった。行方をくらませたとあっては、知人達に迷惑がいっているかもしれない。レギオンの定宿に置いてきた荷物もどうなったか」


「気になるの? コマラパを魔女裁判にかけて焼き殺すつもりだった国だろ。荷物なんて必要? 知人なんか忘れれば?」


「そして、ずっとここにいろと」


「うん。いいだろ? それとも、おれのこと嫌い?」


「嫌いなわけはない。わたしは独身だったが、自分の子どものような気がしているよ」


「えへへ」


 ニコニコとする。

 その屈託のない笑顔を見れば、それもいいかと思えてくる。

 そんなわけで半年も過ごしてしまったのだ。


「出て行っても良いとラト・ナ・ルアは言うが、わたし一人で出るなら、もう精霊の森には帰ってこれないというのだ」


「どっちにしろ、レギオン王国にはすぐに行けないよ。この森は、もうそこには繋がっていないから。レフィス兄さんが言ってた。あの国は危険だから通路を閉じたって。魔女を嫌うなんて」


 子どもは身震いをする。何か理由がありそうだった。


「おれの母親、グリスは魔女というやつだった。未来を予言したり自然界の事象を操ったりできたんだって。予言はよく当たったって。それでガルデルに召し上げられたんだ。何かで利用するためだったんだろうね」


 ふと眼差しを地面に落とせば、そこに指先ほどの大きさの、数十個のタブレットが生じた。無から、森の木々が生み出すもの。木の小片でできたタブレットには一枚ずつ違う、文字のようなものが刻まれていた。数えてみれば二十四枚ある。


「それは……ルーンタブレットではないか」

 コマラパの前世の記憶にあるものと、そっくり同じだ。


 前世での、彼の娘は、ルーン占いを好んでいた。

 水晶でできたものやニレの木でできたもの、素焼きのテラコッタなど数種類を所持して占いに使っていたから、ずいぶん凝っていたのだろう。



『パパ。飛行機には乗らないで。仕事の出張はしかたないけど、あの路線の飛行機は絶対ダメなの!』

 珍しく、必死に彼を引き止めた、娘の顔が浮かんだ。


 ……思い出してしまった。


 あのとき、娘の警告を聞き入れていれば。

 彼は飛行機事故で死ぬことにはならなかったのだろうか。


 コマラパの胸に、取り返しのつかない後悔と悲しみが襲ってきた。

 それを見ていたのか、どうか。

 黒髪の子どもは、ルーンに似た文字の刻まれた小片を、かきまぜていた。



「おれの母親が使っていた。占いをしたり。他にも護符とか。一個ずつに意味があるって。母親に教えてもらった中で、これだけは面白かったな」


 黒髪の子どもは、タブレットの山をコマラパに押しつけた。

「一つ選んで」


「ん?」


「いいから選んで! 目を閉じて」


 コマラパは目をつぶり、一枚の木ぎれをつまんだ。

 目を開けてみる。

 それは、表面に「M」に似た文字が刻みつけてあるものだった。


「えむ?」


「違う。それは『エオー』。独立。旅立ちを意味するものだよ」


 黒髪の子どもは、コマラパを見あげて、笑うとも、悲しむともつかない笑みを浮かべた。


「カルナック」


「うん?」

 コマラパは、何が起きたのか、すぐには理解できなかった。


「おれが自分でつけた名前だよ。これがわかったら、外へ出てもいいんだろう?」



「やっぱり出て行くのね」

 森の木々の間から、ラト・ナ・ルアが姿を現した。


「賭けは、あなたの勝ちよ。コマラパ。カルナックが自分で言ったのだから、あたしには、止められないわ」

 黒髪の子どもを抱きしめて。

 ふわりと、白い布を被せる。

 白布は子どもの身体をすっかり覆って、くるぶしまでの長さの衣になった。


 この衣は脱いではだめだと、ラト・ナ・ルアは念を押した。


「そうだ、森の外では、脱いではいけない」

 コマラパも焦って言い添えた。

 どこでも裸になるようでは、危険だ。


 いろんな意味で。


「でも、最初は短い時間にして。夜になる前に戻ってきて。約束よ。外の世界を見たら、戻ってきて。それから、また出ていけばいいわ。少しずつ遠出するとか!」


「それ、ぜんぜん旅立ちじゃないから!」


「だって心配なんだもの! 夜になれば、外には魔物が出るのよ。魔月まのつきが吐き出す悪意で変質した生き物。それに人間の想像力が生み出した魔物が」


「え。なにそれ」


「姉さんの言う通りだよ。わたしも、セレナンの大いなる意思から聞いた。この世界には、地球にいた動植物の他に、人間が物語や神話で想像していた幻獣や怪物までも再現されているんだ。セレナンには、その区別がつかなかったそうなのだ」


「えっと? 外には、犬や猫は、ウサギは、いる?」

 カルナックが尋ねると、コマラパは頷いた。


「もちろんだ。それに……」


「それに?」


「たぶん坊主も知っているようなゲームに出てきたモンスター的な魔物とか、ドラゴンみたいな生物も、生息しているんだよ」


「ドラゴン!?」


 カルナックは目を丸くした。

 幼い頃に父親の怪しげな儀式でいったん殺されて死んだことと、父、ガルデルの屋敷に閉じ込められて育ったせいで、彼は外の世界を見たことがなかったのだ。


「それ、すっげー見てみたい!」

 わくわくして目を輝かせるカルナックに、ラトは焦った。


「ダメよコマラパ! カルナックがよけいに外へ関心を持ってしまったわ。もう! 聞いて、カルナック。長く森を離れれば、穢れがたまる。黒く染まる。浄化してあげられるうちに戻ってきて。約束よ。もうしばらくは、浄化が必要なの。でも、もし戻れない状況になったら。精霊火を喚んで、できるだけ多くよ。精霊火に穢れを吸い取ってもらうの」


「うん、うん、わかった」


 わかったと言いながら、上の空である。

 ラト・ナ・ルアは、不安を募らせるのだった。


「あなたのせいよ! コマラパ。無事につれて帰ってきて。でなかったら、ひどいわよ」


 どう、ひどいのだろうかと、思わず考えてしまうコマラパである。


 ともかく、旅立ちは決まった。




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