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第3章 その15 銀竜様、失言する。ルナは魔女?


            15


『全ての加護を内に呑み込んだクイブロ。おまえは無敵の戦士に。そしてルナ。おまえは全ての法則を凌駕した魔女となるのだ』

 アルちゃんこと、銀竜は言った。

『肉体的に充分に成熟するまでは、能力の一部は、まだ解き放たれていないだろうがの。そこは将来の楽しみということで!』


「なによそれ」

 ラト・ナ・ルアは、軽蔑するような視線を銀竜に向けた。

「バカじゃないの! これだから爺さんは」



 しかしカルナックは銀竜とラト・ナ・ルアの言葉の意味をかみしめるどころではなかった。


「クイブロ、背中を見せて。さっきアルちゃんが、加護の力を使えばいいって言ったけど、どういうこと? あんなにいっぱい刺さって、けがして」


「それよりルナが先だ。手を見せろ。切っただろ?すげえ血がたくさん出てたし、指を切るって。痛いだろ?」

 クイブロは自分のことより真っ先にカルナックを案じた。

 その白く細い指を手の中におさめ、まじまじと凝視する。


「……おかしいな」

 しばらくして、つぶやいた。

「こんなに血が出てるのに。どこにも傷がない」


『だから言っただろう。聞いとらんかったのか。儂はおまえたち二人に、傷をすぐに癒やす加護を与えておる、その効果だというに』

 出会ったときの美青年の姿から、銀色の鱗に包まれた竜に変身している「アルちゃん」は、いまいちクイブロとルナが理解していないことに不満そうである。


『ルナだけではない。クイブロもだぞ。おまえも、傷を受けた背中の痛みが消えておるであろう?』


 それを聞いたクイブロとカルナックは互いの傷を確認した。

 流れ出た血の海はそのままだが、二人とも痛みも傷痕も、全て無くなっていた。


「ほんとだ……」

 カルナックとクイブロは、放心して床にへたり込む。


「ありがとう、アルちゃん。二人に全ての加護を付与してくれたのね」

 精霊族のラト・ナ・ルアは、状況を正確に把握して、一応の礼を言った。


『ああ。ラト、それが、おまえたち精霊の。ひいては世界の大いなる意思の、望みなのであろう?』

 竜の姿に変身したアルちゃんは、遠くを見る眼差しをした。

 懐かしむような。

『地球人類に怨みを持つセラニス・アレム・ダルによって改竄され変容する前のイル・リリヤも、人の幸福を願っていた。地上に遣わされた我ら、色の名前を冠したドラコーたちの目的と、精霊族ラトの望みは、相反しない。……つまり』


 銀竜は、少しだけ背を屈め、この世界ではソルフェードラと呼ばれている宝石、ルビーのように透き通る赤い瞳を、ラト・ナ・ルアに向けた。

『儂も、ルナとクイブロが気に入ったのだ。儂の友だちは、他にはいない。幸せになるように助けたい』


「アルちゃん。友だちだって、思っても良い?」

 カルナックは、魔力を溢れさせた、明るく青い瞳で、銀竜を見上げた。


『おお。そう思ってくれるなら、何より嬉しいぞ』


「じゃあ、一つ、聞きたいことがある。さっき、おれを『魔女』と呼んだ。どうして?」


『そんなにも強い魔力を持っている女性のことを魔女と呼ぶのは当然のことだろう?』


「はぁ!?」

 カルナックは、呆れたように目を丸くした。

「おれの、どこをどう見たら女性だって言うんだよ!」


『なに? ルナは自分のことを理解していないのか。そうなのか、ラト』


 幼いカルナックを助けて育てた精霊族のラト・ナ・ルアに銀竜が目を向ければ、彼女は、気まずそうに、顔を逸らした。


「それは、その。ええとね、そのうち、自然にわかると思って。この子の幼い頃は、まだどっちになるか決まっていなかったし」


「どういうことなんだ?」

 クイブロは、カルナックを、銀竜を、そしてラトを、順番に見やり、呆然とする。


 カルナックにとっても、それは青天の霹靂だった、

「姉さん、おれは……いったい」


 しばらくの逡巡の後に、ラト・ナ・ルアは、カルナックに歩み寄り、膝を折って、目を合わせた。


「いつ、どんなふうに告げたらいいか、あたしも迷っていたの。カルナック。あなたは、魔法使いにも、魔女にも、どちらにもなれる。そういうふうに生まれたの」


「え?」

 カルナックは、耳を疑った。どういうことか、わからなかった。

「おれは、おかしいの?」


「いいえ。あなたは正常よ。中には、そういう子もいるの。あなたは、自分で、なりたい姿を選べるの。銀竜のくれる加護を選べるのと一緒よ」

 ラト・ナ・ルアは、呆然としているカルナックを抱き寄せた。

「あなたは、選べるの」

 そして確信する。カルナックは伴侶を得て、すでに望む姿を選んでいると。自覚はしていないかもしれないが。


「ルナ……」

 複雑な顔をして、非常な決意をもって近寄ろうとしているクイブロに対しては、ラトは片手をあげて制した。まだこちらへは来るな、と。

 衝撃を受けているカルナックを、安心させてやることが、最優先だ。


「いやだ! おれは今までとどこも変わらない。魔法使いにも魔女にも、ならない」

 ラト・ナ・ルアの首にすがり、しがみつく。


「いいのよ。今は、考えなくてもいいの」

 なだめるようにラトは優しく囁く。

 しばらくそうしていて、ようやくカルナックが落ち着いてくると、ラト・ナ・ルアは、銀竜を、咎めるように見やった。


「アルちゃん……よけいなことを言ってくれたわね。まだ告げなくてもいいと、あたしは思っていたのに。可愛そうなくらい動揺させてしまったわ。このお礼を、してさしあげなくてはならないかしらね? どうしようかしら。あたしが望めば、世界の大いなる意思も、この小さな雪峰の一つや二つ、消し去るくらいのことは」


『ま、待て! ラト。世界の意思、精霊よ。儂は軽はずみなことを口にしたか? まさか知らぬとは思わんかったのだ』


「言い訳はそれだけ? 残りの竜生をカウントダウンしましょうか? さあ、残り秒数は十秒もあれば充分ね。さあ、数えるわよ。十、九、八、七、六」


「まって、姉さん」

 カルナックが、顔を上げた。

「アルちゃんは、おれの友だちだよ。ひどいことしない、よね?」


「……もう。カルナックには、かなわないわね」

 愛おしそうに、ラト・ナ・ルアは、カルナックに頬ずりする。


「しかたないわ。アルちゃん。いいえ、当分は、アルって呼ぶわ。この子に免じて許してあげる。そのかわり、いろいろ便宜をはかってもらおうかしら」


『儂の失言かのぅ。悪かった。なんでもしよう』


「……何でもするなんて、軽々しく言うものではなくてよ。そうねぇ」

 しばし考えを巡らせた後、ラトは、カルナックに、付き従っている二頭の魔獣、スアールとノーチェを呼び出させた。


『その幼い身で魔獣を従えておるのか!』

 銀竜は、舌を巻いた。

『可愛いルナ。儂が思っていたより、更に規格外じゃなぁ』


「この子たちにも、加護をあげて。全部じゃなくていいわ。カルナックの助けになるように、身体能力を上げて、呪いや洗脳、魔法をかけたり操ろうとする者に対する防御を。それと、寿命を延ばして。ずっと、この子のそばに居られるようにしてやって」


『承知した。それから、ルナの魔獣たちへの加護の付与が終わったら、帰り道は、儂がおまえたちを皆、背中に乗せていってやろう。これはかつて誰にも、一度もしたことがないサービスなのだからな』


「あら、ありがとう」

 にこりともせずにラト・ナ・ルアは答えた。


「ルナ!」

 とうとう、辛抱できなくなったらしいクイブロが声をあげて、駆け寄ってきた。


「クイブロ聞いてた? おれ、なんか変みたいなんだ。こんなおれのこと、おまえは……イヤに、なっ……ても、無理ない……」

 無理に笑おうとするカルナックを、クイブロは、背中から強く抱きしめた。


 ラト・ナ・ルアの首に回されていたカルナックの手が緩むのを待って、そうっと、腕の中に抱きすくめる。


「おまえは、おれの嫁だ。何があっても。ずっと一生、一緒に、添い遂げると、精霊様の承認のもとに誓いを立てた。ルナが魔法使いでも。魔女でも。変わりは無い」


「……変態。」

 カルナックは、ぽろぽろ泣いた。


「おまえは、バカだ。こんな、おれのために、苦労して」


「それが、おれの望みだ」


 カルナックは、腕の中で、向きを変えた。

 二人は正面から見つめ合って。

 そうっと、唇を近づけた。

 軽く触れ合っただけで、唇を離す。


「一緒に行こう。どこまでも。いつまでも」


「うん」


「それから、続きは、あとで、しような」

 そう言ったとたんに、真っ赤になったカルナックに、蹴られた。


「……バカ! 知らないっ!」





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