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第3章 その9 銀竜様とファーストコンタクト


           9


 雪渓を踏み、ほの青くそびえる氷河を仰ぎ見て、半日。

 クイブロは立ち止まった。

 ここからは氷上を進むことになる。

 足に装着した『雪輪』に、先の尖った金具を取り付けて、氷河に挑む備えをするのだ。

 

 長期にわたって融けることもない雪が積み重なって氷になる。

 滑りやすく、進むほどに危険が増していく。

 足下にあるのは、氷河に生じた亀裂の暗がりの上に雪が「乗っかっている」だけの状態かもしれないのだ。

 うっかりすれば底なしの亀裂を滑り落ちていくことになる。


 さらに、氷河の上にも雪が積もり、固まって一体化している。

 そんな危険については、クイブロはカルナックに告げなかった。あくまで自分が全ての責任を背負い、二人分の安全を確保しつつ進んでいくつもりだった。


 眩く光きらめく雪原を、ひたすら歩く。登る。


「ルナ。しっかり頭に布を被っているだろうな。日差しも照り返しもすげえきついんだから。火傷するぞ」


「クイブロも被って。その毛の帽子で日差しが防げるの?」

 背負われているカルナックは、自分のローブの端を持ち上げ、クイブロの頭を覆った。


 カルナックが身につけている衣も、羽織っているローブも、精霊の森で作られた、この世界そのもの(セレナン)の恩寵である。


「……うん。楽になった」


「じぶんだけ、がんばったりしちゃ、いやだよ」

 ルナの手が、クイブロの胸を、ぎゅっと抱きしめる。


 やわらかな手の感触が心地よくて。クイブロは、うっとりとして、そして同時に苦しくなる。

 自分は、この可愛い嫁を、守りきれるのだろうかと。


 ときおり見かける氷河の亀裂を、カルナックは、興味深そうに身を乗り出して、のぞく。


「乗り出しちゃだめだ。危ないから」

 クイブロは、あわてて止める。


「だってだって。キレイだよ。あの氷の中、青いの」

 背中を叩く、カルナックの興奮ぶりを、クイブロは微笑ましく思う。


「うん。うん、青いな」


「まじめに聞いてない~」


「聞いてるったら」


 カルナックが怒る。

 クイブロは、笑う。


 雲一つない藍色に果てなく広がる空の下で。

 ほの青い氷河の上を、二人は、進む。


「輝く雪の祭りのときは、ここまで登るのは神がかりの七人『ウクク(熊男)』だけなんだよ。おれも、いつか『ウクク』に選ばれたら」

 歩きながら、クイブロが言う。


「きっと、選ばれるよ」

 カルナックは、心底クイブロを信じている。


「ありがとう、ルナ」


「クイブロは強いもん」

 弾んだ声で、カルナックは請け合った。


「けど、おれってバカだな。まだ成人の儀も終わってないのに」


「きっと大丈夫。クイブロは銀の竜に会って、すっごい加護を得るんだ!」


 その間にも、クイブロは登る。

 背中にカルナックを背負って。


「おれ、重くない? かさばらない?」


「平気だよ。おまえ、ユキより軽いし。何度もおぶってるだろ?」


「ん? そうだっけ」


「そうだよ」


 たわいもない会話をかわしながら。

 二人は、ひたすら進んでいくのだった。



『未来を求むる幼き者よ。此度は、二人同時にか』


 その声が聞こえてきたのは、もうじき頂上にたどり着く頃だった。


『我は人類の支援者にして審判者。求めるものには、その生命の持つ『カルマ』と努力に応じた未来を約束する』


 銀色の長い髪をした青年が、空中に浮いていた。


 その髪は重力に逆らって持ち上がり、ふわふわと漂っているかのよう。


 角度によって銀色や青色がきらめく、細身の衣を纏っている。

 穏やかに微笑んではいるが、向かい合えば、圧倒される、迫力があった。


『我は、銀竜。(アルゲントゥム・ドラコー(argentum draco))と、人間は呼んでいるようだなぁ』

 その声は、頭上から降ってきた。


 いや、声、ではない。空気が震えている。


 震動する音が、なにものかの意思を直接、心臓に伝えてくる。



 たとえば、精霊たちの声のように。



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