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第3章 その5 明日は竜の足下へ。雪渓に挑む

           5


 クイブロとカルナックは、昼時には、『輝く雪の祭り』のときに全国から人々が集まってくる高原を後にして、さらに先へ、上り坂の山道を進む。


 二人は懸命に歩き続けた。

 しかしクイブロは、身体が丈夫とは言えないカルナックを気遣って、休憩を入れることも忘れなかった。


「大丈夫か」


「うん、平気……」

 そう応えるカルナックだが、顔色は、青ざめていた。


「だいぶ登ったから、普通でも息ができなくて苦しくなる頃だ。もっと休もう」

 クイブロはカルナックを抱き上げ、膝に乗せた。

 背中を、そっとさする。

「吐き気とかしないか? 気持ち悪かったらすぐに教えてくれ」


 すると、カルナックは無言で抱きついてきた。

「クイブロ、温かい。こうしてると、楽になる」

 カルナックの身体が冷えていることにクイブロは気づいて、強く抱きしめた。


「ごめんね。おれが、連れてきてって、頼んだから。クイブロひとりなら、もっと早く頂上に登って、今頃は銀竜にも会えたはず」


「ルナを連れてくるって決めたのは、おれだ。気にするな。ルナはおれの嫁なんだから」


「でも」


「急いだって銀竜が降臨するとは限らないんだ。ゆっくり行こう」


 しばらく二人は抱き合っていた。

 カルナックの身体が温まってきたのを確かめてから、クイブロは立ち上がった。


 ゆっくりと、一歩一歩、着実に、歩みを進める。


 確かに、頂上に早く着いた者が銀竜に会えるとも、加護を得られるとも、聞いたことは無い。試されるのは心構えであるという。



 二人が次に足を止めたのは、雪が積もっている山肌が間近に見えてきた頃。

 日は傾いていたが、まだ日没には間があった。


「今夜はここで休む。明日は朝早く出て雪渓を登るからな」


 クイブロは、張り出した岩の下に、寝る場所を定めた。


 冷たい風を避けるため地面を掘って、浅いくぼみを作る。

 それから、かまどにするための石を探した。

 すぐに手頃な石が見つかったので、かまどを今夜は石だけで造り、夜通し焚く火を絶やさないために燃料になる枯れ草やパコの糞を集める。


 四日目の夜ともなればカルナックも手慣れてきていた。

 クイブロを手伝い、燃料を拾い集める。


「すごいぞルナ。よくこんなに。これなら一晩中、安心だよ」


「クイブロがよろこぶと、おれも嬉しいから」

 それに、少しでも役に立ちたいのだと、カルナックはつぶやいた。


 山の夜は早い。

 日が暮れれば、すぐに夜のとばりに包まれる。


 すでに半ば以上欠けている真月は、遅くならないと昇ってこない。


 たき火を燃やしつけて、粥を作り、イモを焼いて、クイブロが申し訳程度に口にする食事を終える。


「早く休んだほうがいい」

 いつものようにクイブロとカルナックは精霊の白布に身を包み、カルナックが呼んだスアールとノーチェに、くっついてもらう。ユキは呼ばなくてもカルナックのポシェットから出てきてくっつく。ほかほかと温かく夜を過ごしながら、うとめく。


「クイブロ。話があるんだ」

 ふいにカルナックは、ひどく切ない顔を、クイブロに向けた。

「もうじき雪の峰に着くね」


「そうだな」


 それきりルナは、黙ってしまった。


「ところで、話ってなんだ?」

 クイブロは聞き返した。

 これまでの経験から、カルナックの言葉は、聞き流してはいけないと気がついていた。

 本当に大切なことしか口にしないのだから。


「登る途中で言うつもりじゃなかったけど」

 カルナックは、目を伏せた。

 

「クイブロは、この後、どうしたい? 成人の儀を無事に終えたら」


「え……?」


「カオリがね。おれの中で、ずっと考えているんだ。魔法をこの世界に広める方法。魔法の体系っていうの? おれにはよくわからないけど」


「カオリの考えていること、ルナにもわかるのか」


 カルナックの中には、カオリという、もう一つの人格が眠っている。同じ魂だけれども、カオリは前世の記憶を強く持っている、魔女である。


「うん。前はわからなかったけど。今は、よくわかる。カオリは怒ってる。コマラパを捕まえて火あぶりにしようとした奴らのこと。セラニスも奴らに力を貸していたんだって。絶対に、あいつらの好きにはさせないって、カオリは言うんだ」


「村を出て行くのか? コマラパや精霊たちと」

 クイブロは動転した。

 ルナがいなくなると考えただけで胸が締め付けられるように苦しい。


 しかしカルナックは、首を横に振る。

「でも。おれはクイブロとずっと一緒にいたいんだ。だからカオリにも、そうお願いした。そうしたら、カオリは……」


「なんて言ったんだ?」


「少しなら待ってあげるって。クイブロの一生を添い遂げるくらいの間なら、数十年くらい、待てるって」


 つまり自分おれが死ぬまでってことかと、クイブロは考える。

 あまりに遠い、気の長い話に思えた。

 それでもカオリは待つというのか。


「クイブロが死んだら、自分に、身体を譲れって。それからでもいいんだって」


「身体を譲るって!? どういうことだ」


「おれは、そうするって答えた。だって、この身体は精霊火と同じだから、死ねないんだ。おまえがいないこの世に、とどまっていたくない。おまえが死んだら、おれもいなくなる。カオリになるんだ。それでいい」


 クイブロは黙ったまま、カルナックを引き寄せた。


「え? だ、だめ! キスは」

 急に顔が近づいてきたのでカルナックは慌ててもがいた。


「黙って。おれのルナ。おれだけの」


 唇を塞がれる。

 それだけにとどまらなかった。熱い舌が、唇を割って入ってくる。


(だめ……! それはダメだから!)

 カルナックは、必死にもがいたが、無駄だった。


 抱きしめられた腕から、絡められた舌から、熱い、力強い何かが入ってくるのを感じて、その熱に、身を委ねてしまう。

 考えてみたら、誰にも触れられたくないと思っていたはずなのに。

 クイブロなら。

 こんなに触れ合っていても、気持ち悪くも、イヤでもないと、気づいてしまった。


 長いキスの後で、唇が離れる。

 不思議に、寂しいような気がした。


「ルナ。おれの可愛いルナ。続きは、あとでしよう」

 クイブロが耳元で囁く。


「……バカ」

 カルナックは、涙を浮かべていた。


「ポリエラの胴回りがきつい」


「え」


「また、少し育っちゃったじゃないか! こんなキスするから! バカぁ! 続きなんて当分しない!」


            ※


「あ~あ、やっちまったな愚弟」

 カントゥータは肩をすくめる。


「やるだろうと思っていた。だからキスは駄目だと釘を差していたんだが」

 コマラパはため息をついた。

「あいつも若い。我慢など無理だろうな。だが、その先は絶対にダメだ! もしそうなったら、わたしが殴りに行く! 全力で止める! 成人の儀だろうがなんだろうが!」



「いやそれは困ります! 儀式が台無しです!」



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