第3章 その4 四日目のささやかなケンカ?
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クイブロとカルナックの旅は、二日目、三日目は、初日と同様に、事も無く過ぎた。
そして四日目。
歩き続けていた二人は、昼頃に、ひらけた高原に着いた。
そこかしこに、石を積み上げて作ったオルノ(かまど)が残っている。
その数は十数個にも及んでいた。
ただし、しばらく使われていない様子で、土台の石組みを覆った土は、ところどころ剥げ落ちているものも多い。
「ここは? オルノがいっぱいあるよ?」
不思議そうにカルナックはあたりを見渡し、クイブロに尋ねる。
「四年に一度『輝く雪の祭り』がある。そのときは、おれたちの村ばかりじゃなくて、他の土地からも人が大勢ここに集まって、踊ったり歌ったり、飲んだり食べたりして賑やかになる。ここのオルノは、祭りのときには、また手入れをして使うんだ。家にあったものより大きいだろ」
「そうだね。おれたちの作ったオルノの倍くらいある」
カルナックは、ここまで登ってくる間に、二人で煮炊きのために組み上げたオルノのことを思い出す。
すると心が温かくなる。
「また、一緒に作ろう」
クイブロは笑う。
クイブロはオルノの一つに近寄り、開口部近くの土面を指さした。
「これが家族の目印になる。一個一個、違う印をつけてあるからな」
入り口近くの土は火で焼けるので固くなっている。その表面に、丸や四角、鳥の羽のような文様が、それぞれ彫りつけてあった。
「来年には、『輝く雪の祭り』がある。村中総出で、またここに来て、家族ごとに集まって、みんなで騒ぐんだ」
「そうなの。いいな」
「ルナも一緒に来るんだぞ」
「いいの?」
カルナックは、少しだけためらった後、クイブロに抱きついた。
「あたりまえだ。ルナは、おれの嫁なんだから」
ウサギよりも軽いカルナックを高く差し上げて、クイブロは、その目に見入った。
「水精石みたいな目の色だな」
まじまじと見つめて、呟いた。
「最初に会ったときも、そう言ったね」
カルナックは、くすっと小さく笑う。
「うん。おれは、そのときから一目惚れだからな」
再び、腕の中に抱き寄せる。
「どこへも行くな。もうじき、雪の峰に着く。ふたりで登ろう。銀竜に会おう」
「どうしたの? おれはどこへも行かないよ。クイブロとずっと一緒にいる。伴侶って、そういうのだろ?」
「そうだけど。ときどきすげえ不安になるんだ。おまえが、あんまり可愛いから」
「そんなこと言うのきっとクイブロだけだよ」
カルナックは、相変わらず、きょとんとしている。
自分のことを可愛いとか言われても、わからないのだ。
「おまえは自分を知らなすぎるんだよ……」
クイブロはため息をついた。
「祭りは来年の春先なんだ。それで、夏には投石戦争もある」
「とうせきせんそう?」
カルナックは、初めて聞いた言葉に、首を傾げた。
「おれたちの村から選ばれた戦士達が、二手に分かれて投石の技を競い合うんだ。大地の女神様に捧げる、戦いの祭りだよ。これも、四年に一度。『輝く雪の祭り』と、同じ年に行われるんだ」
「へええ。戦士に選ばれるって、すごいことなんだよね? じゃあカントゥータ姉さんも出るよね?」
「うん。姉ちゃんは、もちろんだけど、おれも、それに参加した後は、一人前って認められるから。だから。……その後は、おれと……その」
口ごもる、クイブロ。
「?」
「本当の伴侶に、なってくれないか」
「え? 本当って? 今も、ちゃんと婚姻の契約を交わした伴侶だよ?」
「そ、そういう……ええとな。その頃にはおれも、もっと大きくなってるし。大人の仲間入りだって認められて。嫁も正式に……もらえるようになるんだ」
クイブロの顔は真っ赤になっている。
しかしカルナックは、その言葉を全く違うふうに解釈してしまった。
「じゃあ、おれは違うの?」
「え? そんなこと言ってないぞ」
「クイブロは、一人前の大人になったら、他に、正式な嫁をもらうつもりなの?」
クイブロの胸をドンっと強く叩いて押し返し、腕をすり抜ける。
ウサギのように逃げていってしまう。
「違うんだ! そうじゃなくて!」
言いたいことがうまく伝わらない。クイブロは焦って、カルナックを追いかけた。
「なんでこうなるんだよ!」
さっきまでは、いい感じだったのに。
言葉を選び間違えた。
正式な嫁というのは。
きっと自分に、やましい気持ちがあったのがいけなかった。
ルナはずっと側にいてくれたのに。
もっと間近で、肌に触れたいなんて……。
「ルナ! ルナ! 待てよ!」
カルナックは体力がもたない。
しばらく逃げ続けた後、疲れて地面にぺたりと座り込んでしまったところに、クイブロはようやく追いついた。
「きらいだ! おれじゃない嫁がいいんだろ。正式な嫁が。もっと……伴侶らしいことをしてくれる、普通の女の子が」
「そんなこと言ってねえよ」
「おれには、なにもできない。身体は弱いし、キスもいやがるし、それに……あんなこと、したくないんだ。ガルデルがおれにしていたみたいな」
「もう言うな。おれが悪かった。ただ、そばにいてくれたら。それだけでいい。一生、ずっと一緒にいよう」
クイブロはカルナックを、そっと抱き寄せた。
こわれものに触れるように、注意深く。
「おれは銀竜に会って、すげえ加護をもらうから!」
「……うん」
「おまえも、どこへも行くな」
「へんなこと聞く。おれに、どこへ行けるって?」
「どこへでも。おまえなら」
「そんなことない。……けど、おまえと……だったら」
あとは言わなかった。
※
「何をやってるんだ、我が愚弟は」
「青春なんだろうさ……あいつ、キスは禁止と言ったのに」
「なんか、すみません愚弟が」
岩陰から見守るカントゥータとコマラパであった。
ほとんど不眠不休である。
「ところでコマラパ殿。もうじき、雪の領域だ」
カントゥータは、話題を変えた。
「そこから先へは、我々は入れない」
「うむ? どうしてだ。わたしは何も知らないので、教えてくれるか?」
「雪が積もっているところは、銀竜の領域だ。そこへ入っていけるのは、資格を持ったものだけだ。たとえば『輝く雪の祭り』の『神がかりの七人』、そして村長。今回は、成人の儀に赴く者のみ」
「カルナックは?」
「クイブロの嫁だから入れるはずだ。だが、我らが雪の領域に踏み込めば成人の儀を台無しにする」
「そういうことなら、しかたがないな。二人が山を下りてくるまで、ここで待つか」
「ここらに近づく魔獣でも狩りながら」
コマラパとカントゥータは顔を見合わせ、笑い合った。
「せめて今夜までは、見守っていてやりたい……」
親心であった。




