表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/144

第3章 その1 成人の儀、旅立ちの朝


 夜明け前にクイブロとカルナックは、家族達に見送られて村を後にした。


 あたりは当然ながら真っ暗だが、精霊火が幾つも集まって、道を照らしてくれていた。


 緩やかな登り道を、延々と歩く。

 足下の地面には霜が降りて、ところどころでは霜柱が立っていた。

 さくさくと霜柱を踏んで、二人は進む。


 しだいに、空は薄明るくなっていく。

 それに伴って精霊火は一つ、二つと、どこかへ消えていった。


 山の稜線から朝日が顔を出す。

 霜はとけて、ゆらゆらと湯気が立ちのぼる。

 周囲には木々の姿は無い。点在する草むらには、ときおりビスカチャ(ウサギ)が頭を出して、すぐに隠れたり走り出したり。


「ユキの仲間だな」

 ふとクイブロが笑う。


 カルナックは、慌てて

「仲間? ユキ、ユキはどこにもいかないよね!」

 手をのばすと、肩に乗っていた白ウサギは顔をのぞかせ、カルナックの頬に鼻をくっつけてきた。

 

 四時間ほど歩いたろうか。

 もともと丈夫な方では無いルナが、少し遅れ気味なのを気に掛け、クイブロは、歩調を緩めた。


「ごめん……ちょっと疲れた」

 ルナの足もとが、ふらついている。


「おれも喉が渇いた。少し休んで、水を飲もう」

 以前、ルナの体調に気づけなかったせいで、倒れてしまったことを、クイブロは身にしみていた。


 大きな岩の陰に腰を下ろして、二人で水を飲む。


 細い喉が、こくこくと鳴って水を飲み込むようすを見つめていたクイブロは、急に、胸が高鳴るのを感じた。

 ドキドキする。

 顔が熱くて、動悸がしているのをごまかすように、話を始める。


「それにしても、おれ、驚いちゃったよ。あのコマラパが、ルナの本当のお父さんだったなんて。それにお母さんも、きれいだったな」


「うん。おれも驚いた。あのね、おれも夢の中で、お母さんに会えたんだよ。嬉しかった。本当のお父さんとお母さんが、いたんだって……」

 カルナックは水晶の水筒を口元から離した。


「おまえのおかげだ。クイブロ。助けに来てくれて、ありがとう」


 クイブロと、名前を呼ばれたとき。

 ほっとした。

 過去の悪夢に捕らわれていたときのルナは、彼のことを「ミツル」と呼んでいた。

 イヤだった。

 自分は『ミツル』ではない。

 過去のルナが生きていたのは30年も前なのだ。その時にはまだルナは自分の存在など知る筈もなかった。それはわかっている。

 でも。


 ミツルってだれだ?

 昔の知り合い?

 昔って、いつの?


 そんなことを思うと、胸がひんやりと冷えてくる。

 クイブロは頭を振って、そんな考えを追い出した。

「今は、ルナはおれの嫁なんだから」

 思わず声に出していた。


「どうしたの。あたりまえのことだろ?」

 と、ルナ(カルナック)は、にっこり笑う。


「うん、そうだな。ありがとう。ルナ」


「へんなクイブロ」


「うん。ちょっと自信なくしそうになっただけだ」


「クイブロが? なんで」


「考えたってしょうがないことだ。それより、ルナのお父さんがコマラパでよかったって、おれも思う」

 心からクイブロは言う。

 コマラパがカルナックのことを本当に可愛がっているのを、プーマ家はみんな知っているのだ。


「そりゃあ嬉しいけど……」

 クイブロが「ルナ」と呼ぶ、カルナックは、困ったようにつぶやいた。


「でも、ちょっと過保護かもしれない。パパは」


「そうか? コマラパはすごく嬉しそうだったし、少しくらい過保護でも」

 言いかけたクイブロに、カルナックは

「もしかしたら、後を付いてきてるかも」

 と、眉を寄せた。


「そりゃねえよ。成人の儀だぞ。コマラパが村を出るなんてしようとしたら、母ちゃんやカントゥータ姉ちゃんとかが止めるよ」

 クイブロは明るく笑う。


「そうだよねえ。……考えすぎかなぁ」

 ため息をつくルナ(カルナック)だった。



「コマラパ殿。あの子達、気がついてるんじゃないか?」


「むう」


「こうやって我々が後をつけて見守っていることをだな……」


 もちろん、コマラパは二人の後をついてきていた。

 カントゥータも一緒である。


 悟られないように、かなり距離をとってはいるが、一本道なので見失う心配はない。


「考えてもみろ! 二人きりで片道五日の旅だぞ! 何が起こるかわからん! 我々は、クイブロの成人の儀の邪魔をするのではない。万一の場合に備えてカルナックを見守っているだけだ!」

 コマラパは強く主張するのだった。


「はいはい」

 目上の者の意見は尊重するのが、『欠けた月の一族』の流儀であった。


(確かにうちのクイブロは、子どものくせにキス魔だしなあ……キスする相手は、嫁だけみたいだが)

 どれだけ嫁に惚れているのだろうか。そう考えると我が弟ながら少し恥ずかしい、カントゥータだった。


 可愛い嫁ルナを伴った、クイブロの成人の儀は、始まったばかり。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしよかったら見てみてください
このお話の四年後、クイブロ視点の男主人公一人称です。

リトルホークと黒の魔法使いカルナックの冒険

4章からカルナックも登場しています。
転生幼女アイリスは世界が滅びる夢を見る。~前世は人類管理AIで女子高校生でキャリアウーマン
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ